デッドロック・クルッセン

【デッドロック、裏方要員】



「なーるほどねー」


 高梁の新人マギア二人が組んだこと、神里に侵入しようとしていること。それをいち早く把握したマギアがいた。魔法を繊細に扱い、音波をやや離れた位置まで届ける。そんな『幻影』の魔法を有するマギア・デッドロックだ。


「不穏な空気につけてみりゃこれか。メルヒェンの奴、何を考えてやがる⋯⋯?」


 高梁の中で企んでいるのであれば、手は出さなかった。利益があるのならば協力したかも知れない。

 しかし、彼女らは神里に入る気だ。ならば放置は出来ない。


「⋯⋯あんまり他人ひと縄張りシマで怪しいことしないで欲しいんだけど」


 そして、聞き耳を立てていることが早速バレる。橙の少女がここにいることは好都合だ。板チョコを二つに割って、小さい方を差し出す。


「よーデザイア! 会いたかったぜ!」

「僕は二度と会いたくなかったよ⋯⋯」


 嫌そうな顔を隠しもしない。差し出されたチョコに指ごと噛みつく。舌をつねられた。悶絶して転がり回る。


「お前んとこの新入りが二人、神里に突っ込んでったぞ。どーすんの?」

「えー⋯⋯放っておきなよ。どうせ師匠に丁重に追い返されるだけでしょ」

「いーや、そうじゃなくてな」


 デッドロックが笑みを消した。


「お前、どーやって落とし前つける気なんだ?」


 顎の下に、冷たい感触があった。槍の穂先だ。デザイアが固まる。まるで、蛇に睨まれた蛙のようだった。デッドロックの足が地面を叩く。発言を促されて、デザイアは口を開いた。


「待って。待て待て、どう考えても僕悪くないじゃん!? めっふぃにも聞かされてなかったんだよ!?」

「でも、お前の縄張りだろ? そこの奴らが神里に踏み込むんだぞ? どーなるかなー?」


 デッドロックが槍を引っ込めだ。力が抜けたデザイアがへたり込む。


「分かった! 分かったって! 僕も神里に行くから物騒な脅しはやめろって!!」

「よし。じゃー行くか」

「⋯⋯⋯⋯お前、一人じゃ気まずいだけなんじゃないの?」


 物凄く睨まれた。デザイアは泣いた。







「――――ってことなんだが」

「ふぅん、なるほどね」


 神里、とあるタワーマンションの一室。六角テーブルの席は四つ埋まっている。デッドロックは見知らぬ顔を見た。


「で、こいつは?」

「私の新しい弟子よ?」

「お前なー⋯⋯⋯⋯」


 呆れ顔のデッドロック。居心地悪そうなスパートが、隣でさらに縮こまっているデザイアに声を掛ける。


「⋯⋯なんか、ただならない様子なんだけど」

「⋯⋯喧嘩別れした昔の女だよ。ほら、昼ドラにありがちな」

「⋯⋯修羅場か」

「聞こえてんぞ!!」


 弟子一号二号の肩が跳ねる。

 デッドロックは今すぐ噛み付いてきそうな狂犬のオーラを纏っていた。一方のヒロイックは妙な笑みを浮かべている。その表情の真意は読めない。逆に不気味だ。

 六角テーブルの中央、上皿天秤が揺れる。


「てか、それなんなわけ?」


 分銅が乗ったり、消えたり。ヒロイックの魔法を知るデッドロックには、これが魔法の鍛錬に使われていることは分かっていた。しかし、二人を挟んだ真ん中で揺れるのは少し目障りだ。


「貴女がいなくなって、私もすこーし落ち込んじゃってね。見かねた一間ちゃんがプレゼントしてくれたのよ」

「ぃぅなってぇ⋯⋯」


 デザイアが小声で抗議する。心なしか顔が赤い。デッドロックはつまらなそうにその様子を見た。


「ま、いーや。それより、どーすんの? 結構、おーごとになりそうだけど」

「可能なら、味方に引き入れたいわね。あんまり穏便な雰囲気じゃなさそうだけど⋯⋯」


 二人がデザイアを見た。


「だからどう考えても僕は悪くないだろぅ⋯⋯⋯⋯そもそも、そのジョーカーって奴は何者なんだ? 本当に神里にいるのか?」

「私は知らないわね。魔法を薄く伸ばして結界も張っているけど、引っかかったこともないわ」

「え、じゃあ神里にいないってことですか?」

「いる」


 スパートの疑問は、デッドロックの一言で斬って落とされた。


「何故?」

「あたしも神里に呼ばれていたからさ⋯⋯他ならぬ、ジョーカーにね」

「何故?」

「神里に『終演』が来るらしい。打倒する戦力を集めているってさ」

「⋯⋯私、聞いてないわ」

「あんたの索敵から逃れられる程の実力者ってことだ」


 会話の端々に不穏な空気を感じ、デザイアとスパートは押し黙りながら身を寄せ合った。姉妹弟子同士、仲良くやれそうだ。


「高梁の二人組と、謎のジョーカー。貴女はジョーカーを裏切って私についたってこと?」

「さーね。ジョーカーとの密約のためにあんたを利用するとか、高梁の奴らを使ってあんたを潰そーて線もあるよ」

「心にもないこと、言わないの」


 ヒロイックは立ち上がった。空になったカップを片しながら、面々を見渡す。


「みんなで組みましょ? 高梁組とジョーカーもマギアなのよ。様子を見ながら友好的な関係を築きましょうね」


 反対意見は出なかった。『終演』を打倒するのであれば、戦力は多い方がいい。逆に、障害になるようであれば英雄は黙っていないだろう。そのことを理解している三人は大人しく従う。


「今日は泊まっていきなさい。動きやすいようにしてね」

「あん? なんでさ?」

「だって、貴女たちが来る直前に高梁の二人が神里に入ったんだもん。動くとすれば今日か明日が怪しいじゃない?」


 デッドロックは絶句した。長い付き合いから、知っていて黙っていたのが伝わる。踊らされていたことに気付いて、デザイアが噴き出した。


「あはははは! 師匠最高! てか、どうやって特定したの? 結界に引っ掛かっただけなら、その二人って断定できないでしょ?」

「結界を全て避けているんだもの。そんなこと、裏道を教えている二人にしか出来ないわ。そして、その二人は今、目の前にいる」


 デッドロックが首を傾げた。


「いや、おかしいぞ。結界に引っ掛からないんだったらどうやって見つけたんだ?」

「簡単よ」


 ヒロイックが双眼鏡を取り出す。


「偶々見えたの。ここ、景色いいし。大橋が見える位置だからこそ住んでいるんだから」

「ただの偶然じゃねーか!?」

「まぁね。でも、水色の子、あの子がメルヒェンだっけ? 結界を避けていたのはあの子、要注意よ」


 ヒロイックは、一度言葉を切った。表現を考えて、口にする。


「まるで⋯⋯全部がような動きだった」

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