第152話 第三区画 ジョイス、シンシア、ヤーニン 前編




 第三区画。ジョイス達三人は、大小さまざまなパイプやタンク、メーターやピストンが動いている機関部を通っていた。

「ジョイス……」

 シンシアが小さな声で呼びながら、背中を叩く。ジョイスも小さく「ああ」と返事をして、広げていた地図をしまった。

 人の気配がする。


「あたしが正面から行く。あんたらは隠れて脇から近付きな」

 真っ直ぐ歩き出すジョイスの後ろで、シンシアとヤーニンは左右に分かれて歩き出し、パイプとタンクの陰に入っていった。



 ジョイスの視界を片目で見ながら、シンシアはパイプの陰で水筒を取り出して開けた。パンクにもらったハニーミルクはまだ少し温かい。

 外したふたに注いで、音を立てないよう気を付けながら飲んだ。今日のは特別甘くておいしい。


 ヤーニンはパイプによじ登り、ジョイスが歩く高さより何メートルか上を歩いていた。シンシアの視界を共有してハニーミルクを飲んでいる事を確認し、これで少し落ち着くだろうと一安心。さらに、ジョイスの視界に男の陰を捉え、立ち止まった。



「よう。黒髪の嬢ちゃんか。ジョイス……だったよな? 残りの二人はどうした?」

 そう言って背中のハンマーを取り外し、金属の床にギン! と打ち下ろした。ジョイスは男に真っ直ぐ体を向けて仁王立ちしている。


「久しぶりだね。あんた、名前何だっけ?」


「ハッ」と髭をなでながら笑う。

「カルラ・ジバだよ。陸軍四将の。このハンマー、忘れちまったか?」


 腕を振ってヴン! とアーマーを駆動させるジョイス。

「それは忘れちゃいないよ。ラグハングルであたしに傷一つつけられなかった、チャチなオモチャだよね」


 そんな挑発も「ハハハ」とカルラは笑い飛ばした。

「そうだったな。だが、ここはラグハングルとは違って、だ。ここでの俺っちの攻撃力は大雑把に考えても最低四割増し。いくらお前さんでも、さすがに無傷じゃすまないはずだぜ!」


 カルラが振ったハンマーから、猛スピードで金属片が飛んできた。一つ右手で弾いたものの、残った一つがジョイスの胸を直撃。一瞬息が止まり、思わずジョイスは膝をついた。

「ぐっ……ゲホッ!」


「まだ終わってねえぞ!」

 ほとんど途切れなく飛んでくる金属片を腕でガードするジョイス。全く近付く隙がない上、徐々にこちらのダメージも溜まってきた。思っていたより厳しいかもしれない。


 ギィン! とカルラの小手が音をたてた。「ぐっ」とカルラの手が一瞬だけよろめく。しかし、すぐにハンマーを持ち直して真横に金属片を撃った。

「そこかっ!」


 狙撃したシンシアは、蒸気を噴き出すエンジンの裏に逃げ込んだ。ジョイスの視界でカルラの動きを把握しつつ、すぐに場所を変える。


「チッ、今の金髪はシンシアか? ヤーニンも近くにいるんだな?」


 ジョイスは返事の代わりに金属片を拾って投げつけた。だが、カルラの顔めがけて放ったその金属片は、ぐにゃりと軌道を変え、ハンマーに吸いつけられた。


「ハハッ、無駄だ。お前さんはここじゃ、俺っちの相手にゃならねえ」

 そう言ったカルラはジョイスをその場で倒そうとするのかと思いきや、通路をジョイスの反対方向へ走り出した。コックピットの方角だ。ジョイスもそれを追っていく。



 カルラがやって来たのは、この機関部で一番開けた場所だった。ここは周囲三十メートルほどと、同じく三十メートルほど上の天井まで、隠れる場所はない。


「さあ、どうする?」


 そう言ってハンマーを床に打ち下ろすカルラ。ジョイス達の目的がコックピットだと分かっているらしく、道のりに立ちはだかっている。


「どうするって、あんたを倒すに決まってるでしょうが」

 ジョイスは腕を振ってアーマーに熱を込め始めた。金属相手に大して意味はないことは分かっている。そもそもここではジョイスはカルラを倒せない。これは時間稼ぎなのだ。ジョイスと闘うカルラの隙を突いて、シンシアとヤーニンが攻撃する。


 カルラは「よっ!」と体全体で反動をつけながら、床に突き刺さっていたハンマーを持ち上げた。床の分厚い金属板が数メートルほどに渡ってはがれ、ハンマーに吸い付いて持ち上がった。

「俺っちが撃つスピードでこれに押しつぶされりゃ、いくらお前さんでもただじゃすまねえだろ?」


「なめるんじゃないよ」

 見透かされつつも虚勢を張ってみせるジョイス。その時、カルラのずっと後ろ、むき出しになった二階の通路を足音を殺して歩くシンシアを、ジョイスは。カルラはそれを見逃さなかった。


「そこか!」

 振り向きざまに巨大な金属板がカルラのハンマーからシンシアへ、一直線に飛んだ。シンシアは、二階の通路ともども、金属板にもろに押しつぶされた。



「シンシアーーっ!!」

 ジョイスの叫び声が、機関部にこだました。






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