第100話 コッパの叫び




「ヒビカさん、ヒビカさん!」

 名前を何度も呼ばれ、ヒビカは目を開けた。


「大丈夫ですか!」


 ヒビカの目に入ったのは、陸軍人の軍服を着た大柄な男。慌てて蹴り飛ばし、落ちていた剣を手繰り寄せてよろめきながらも立ち上がった。


「いたた……ま、待ってください! 僕です!!」


 武器を構えていないその男の顔を、ヒビカはよく見た。この顔は久しぶりに見る。

「た……タブカ?!」


 レポガニスで別れてから、ずっと音沙汰無しだったタブカ。それが突然目の前に現れてヒビカは面食らった。


「どうしてこんな所に……」


「本当に申し訳ありません。ジェミル達より先にみなさんの所に来て、危険をお知らせするつもりだったんですが、追い越されてしまって……話は中央塔に向かいながらしましょう!」


 タブカはヒビカと共に、中央塔へ走り出した。


「レポガニスでの一件の後、僕はあえて陸軍から離れず、通常の勤務に戻りました。その間に手管を尽くして調べて、ハッキリ分かりましたよ。ジェミルの狙いは古代の兵器です。それに霊獣とランプが絡んでいるらしくて」


「ランプの事を、お前は知っているのか?」

「霊獣のエネルギーを蓄える装置だという事までは分かりました。ジェミルは、自分の直属の部下である陸軍四将を使って、だいぶ前から兵器を手に入れようと動き出していたようです。どうやら、国防大臣のガラも絡んでいます」


「なるほど。そこまで人員が揃ってしまうと、外には情報がなかなか出てこないだろうな」

「ええ。ただ、聞いた話によると、ジェミルが今狙っているのはランプではないと」

「何? じゃあ一体何を……」


「ペンダントだそうです。僕にも詳しくは分かりませんが、マナさんが持っているのではないかと疑っているらしくて」


「心当たりがあるな」

「では急ぎましょう!」

 二人は中央塔の入り口を視界に捉えようとしていた。




                *




「んがあああああっ!!」

 ジョイスの雄叫びと共に岩山が弾け飛んだ。ぜえぜえと息をしながらへたり込むジョイスにシンシアとヤーニンが手をそえる。

「大丈夫?」

「お姉ちゃん、怪我は?」


 ジョイスは二人の手を振り払うように立ち上がった。

「うるっさい! 馬鹿だね、このあたしがこれくらいで怪我するわけないでしょうが! それより、急いでマナの所に行くよ!」


 走り出したジョイスをシンシアとヤーニンが追う。




                *




「……くっ……ぐぅっ……!」

 歯を食いしばって小さく声を漏らすマナ。コッパはその顔を見て言葉を失っていた。見た事もないほど、怒りと憎しみで満たされたその顔。直接向けられていないコッパも恐怖で身が凍り付いた。


「マ、マナ……」

 何とか声を出しマナに呼びかける。だが聞こえていないのか、何も返事がない。コッパがもう一度呼びかけようとすると、ランプの中でふわっと黄色い灯が揺らめいた。


 その瞬間、何者かが後ろからマナの体をつかんで無理やり引き寄せた。マナがランプに念じる間もなく、その男は真っ黒い腕をマナの胸に、手首が埋まるほど深く突き刺した。

 それを目の前で見せられたコッパの叫び声が、周囲に響きわたった。



「うわああああっ! マナああああっ!」



 マナはガクガクと震えだし、ランプを手から落とした。

「何すんだ! このっ……」

 膨らもうとしたコッパをバンクが握りしめた。「ぐえっ」と潰れるような声を漏らしながら、コッパは必死にもがく。


 マナは腕を胸に突き刺されたまま、激しい吐息でびゅうびゅうと音をたてていた。

 腕を突き刺している丸い不気味な笑顔の仮面を被った男は、マナの肩を持って腕をさらに押し込むと、引き抜いてマナを倒した。


 コッパは涙をボロボロ流しながら、バンクの手から逃れようと懸命に手足を動かしている。


 仮面の男は、マナが首から下げていたペンダントを引きちぎり、「アヒヒヒ」と笑った。

「ジェミル様ぁ。これですよね」


 ジェミルはそれを見てパンと手を叩いた。

「それだ。よし、塔に行くぞ」

 ジェミル達は中央塔へ歩き出した。バンクもコッパを捨てるように離すと、それに続いて行く。


「マナーーっ!!」

 自由になったコッパは急いでマナにかけよった。男の腕が刺さっていた胸は、傷穴がないどころか服も破けていない。だが、マナは完全に意識を失って動かなくなっていた。

 コッパは、ジェミル達について中央塔へ歩いて行くバンクに大声で叫んだ。


「マナに何したんだーーっ!」


 力いっぱい悲痛な声をふりしぼるコッパに、誰も振り向くどころか気にする様子もない。



「許さないぞーっ! オイラはお前らを、一生! 絶対許さないからなーーーーっ! うあああああああああーーーっ!」



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