第99話 追いつめられたマナ




「若様! 戻ってください!!」

 イヨが前を走るクロウに向けて必死に声を張り上げる。


「マナさん達が心配なんだよ! 中央塔の様子を見に行く!」

「ダメだって言ってるじゃないですか! もしも若様の身に何かあったら……」


「別に僕達が狙われてるわけじゃない。先に行くからね!」

 クロウの脚から蹄、頭からは角が生え、そのまま大きな野牛に姿を変えた。さらにスピードを上げて走っていく。


「あっこら、戻って……戻りなさいこのォ!!」

 イヨも徐々に黒い二又猫に姿を変え、クロウを猛スピードで追いかけていく。




               *




 水の球によってなぎ倒されたジャングルの木々。その真ん中にはヒビカが倒れていた。傍らでそれを見下ろすギル=メハード。もう剣すら構えていない。


「勝負あったな、海の死神よ」

「ぐ……うっ……」

 立ち上がれず、呻くばかりのヒビカ。


「せっかくだ、教えておいてやろう。霊術は、いかに相手より強い力で精霊を従わせられるかが鍵だ。女の貴様では、いくら鍛えようとも俺の足元にも及ばん。先に進ませてもらうぞ」

 歩き出そうとしたギル=メハードのマントを、ヒビカが握って引っ張った。

「待……て……! この先には……死んでも、行かせ……」


「フッ。『死んでも行かせない』か? あいにくだが……」

 ギル=メハードは水の球を二つ作ると、ヒビカの上へと引き寄せた。


「俺は、貴様など、先に行くことができるぞ?」


 二つの水の球を叩きつけられたヒビカが呻き声を上げると同時に、マントを握っていた手は、力を失ってずるりと落ちた。




               *




「マナさん、自分から来て下さるとは思いませんでした」

 バンクは顔だけマナに向けている。右手はまだパンクの喉元だ。


「パンクから離れて」

「あなたに命令なんかされる筋合いはありませんよ」


 ジェミルが「おい」とバンクを呼ぶ。

「ゴミ始末は後でいい。先にあっちだ」

 指さす先はもちろんマナだ。バンクは立ち上がり、マナの方へ一歩踏み出した。


「動かないでって言ってるでしょ!!」

 必死に声を上げ、バンクを止めようとするマナ。

「私、本当にやろうと思えば、あなたたち二人とも一瞬で殺せるよ」

 バンクは「フッ」と苦笑いをした。

「……何を言ってるんですか」


「本当だぞ、バンク。近付くな」

 マナの肩の上でコッパもそう言う。だが、バンクは全く信じずにもう一歩踏み出した。


「来ないで! 殺すよ、本当に殺すよ!!」

 どんなに大きく声を上げても、息も体も震えていては、威嚇にはならない。バンクはどんどん近付いてくる。マナは少しずつ後ずさりし始めた。

 ところが、バンクはふっと横を向いて歩みを止めた。


「タクラ元帥閣下」


 マナもチラリと横目で見る。正門の方角から歩いてきた白い髪のその将校は、気を失ったジョウとリズを片手で引きずっていた。


「その二人を離して!」


 そう命令しても、ハンゾは離すどころか表情も全く動かさない。


「マナさん、もう諦めてください。他の大将閣下方も集まってきているんですよ」

 バンクの言葉通り、カルラとギル=メハードもすぐそこまでやってきていた。マナは陸軍人達にすっかり取り囲まれてしまったのだ。


 ランプを前に抱えて、じっと動かないマナ。その姿を、憐れみをかけるような眼でバンクが見ている。

「僕も、できればあなたを傷つけたくないんです。大人しく……」

「ランプは渡さない」

 マナがそう言うと、なんとジェミルが笑い出した。


「はははははは! ……やはりそう思ってましたか」


 どういうことか全く分からない。マナは将校達に警戒しながらも、ジェミルに視線を注いだ。


「実はね。ランプはもう、いらんのですよ」


 にこやかに話すジェミルを見ながら、マナは息を落ち着けようと必死になった。だが、こんな状況では落ち着くのは無理だ。



「手に入ったんです。その設計図が」



『まさか』とマナの心がざわめく。



「それに、これもね」



 ジェミルが取り出して見せたのは、紋章の入った腕輪だ。愛する彼が着けていた、あの腕輪。マナは、ジェミル達が何をしたのか理解した。



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