修行 パンク編

第117話 秋大寺の朝




 コシチがギル=メハードを追い返す一件から、一週間ほどさかのぼる。

 /////////////////////////////




 秋大寺の朝。寺の妖達が大きな部屋に全員集まり、朝食が始まる。そこにはジョウとリズとザハ、それにカンザとパンクもいた。


「遅くなりました!」

 イヨが部屋に飛び込んできた。マナを治療しているマメとシバの朝食を、マンアン塔まで運んでいたのだ。

 ギョウブが「そこじゃ」とイヨの席を箸で示した。カンザの隣……の太った狸の、隣だ。


 イヨはカンザの後ろから声をかけた。

「カンザさん、おはようございます」

「おう、おはよう」と箸を持ち上げて言うカンザ。


「あの、私は朝食後、赴任地の南方に建設中の私の御殿を見に行くんですよ。ちょうど屋根ができたらしくて、そこそこ見ごたえあると思うんですけど、一緒にいらっしゃいませんか?」

「御殿? この寺みたいなのか?」


「いやー、こんなに立派な建物にはできないですよ私四賢人になりたてですし眷属もいないのにそんな大きな建物にしてもしょうがないってのもありますしねでも私屋根だけはこだわりがあってタマモさまの御殿とおなじ鬼瓦……あの、すいません」

 イヨは珍しく自分から話を中断し、カンザの隣に座る太った狸の肩を叩いた。


「すいません、ハゲさん。……ハゲさん!」

 麦飯をかっこんでいたハゲがようやく気付き、ご飯粒の付いた顔を「うん?」とイヨに向けた。

「私と、席代わって頂けません?」

 ハゲはつぶらな瞳をぱちくり。

「えっ、なんでぇ?」

「あの……私、カンザさんとお話があるので」

「オラの後ろで話してていいよ。気にせんから」

 イヨがハゲから顔を背けてギリッと歯を食いしばる。その様子を見てギョウブの隣に座る片目の狸が言った。

「ハゲ、代わっちゃれ」



 ハゲに席を代わってもらい、カンザと喋る……というより、カンザに向けて一方的に喋りまくるイヨ。それを少し離れた席から見ているパンクは、隣のリズにささやいた。

「リズさん、あの二人どう思います?」


 リズは高野豆腐を二つ同時に口に放り込むと、自分の解釈をパンクに話して聞かせた。

「カンザはあっちこっちで女に手を出して、その場だけの関係を楽しむ男。イヨが可愛くて近付いたけど、カンザの予想に反してイヨは結構入れ込みそう。さてどうしようか、面倒臭くなる前に、そろそろおいとまするかな……てとこだろうね」

「なるほど、言われてみれば確かにそんな雰囲気っすねぇ……」


 パンクがそう言ったのと裏腹に、リズにザハをはさんで座るジョウは、こうつぶやいた。

「朝一から知ったかばなしかよ。くちゃくちゃ食べ物噛む音たてて」

 ザハが「もうやめてやれ」とジョウをたしなめた。


 ジョウはいまだにこうしてリズのすることにつっかかる。リズの方はもうジョウを相手にしなくなったため、一方的にジョウが攻撃している状態だ。ラグハングルから二人の仲は一向に良くなる兆しがなかった。




                *




 食事が終わり、それぞれの仕事に取り掛かるために建物から出る。イヨはさっそくカンザの腕を取った。

「カンザさん! アキツの南方には、トンギャからの移民が大勢住んでる街があるんですよ。私の御殿見終わったら一緒に行きましょう!」

「おう、そうだな。だが……」


「おいイヨ」とギョウブが呼んだ。

「お主、トンギャの王宮付き医師をみなに紹介して自慢でもするつもりか?」

「あはは、そんな。自慢だなんて……」

 イヨがきまり悪そうに頭を掻くと、「グフフ」と笑ってギョウブは言った。


「やめておけ、恥をかくぞ」

「は、恥……ですか?」

 きょとんとするイヨに対し、今度は「グハハハ」と大きく笑うギョウブ。

「トンギャに王宮付き医師などという制度はない」

 イヨの口が『えっ?』と動く。


「その男は、皇太后の薬を作っていると言ったな。あそこの君主は代々女王じゃ。『皇太后』はおらん」

「ほ、本当ですか?」

「ワシがそんな嘘をつくはずなかろう」


 イヨはパッとカンザから一歩後ずさり、顔を合わせた。カンザはいつもと同じような、飄々とした態度で言う。

「まあ、王宮付き医師ってのは、誤解を招く言い方だったけどな。俺は……」


「あなた、私に嘘をついていたんですか?!」

 大声で指をさすイヨ。

「嘘とは人聞きが悪いな。正確には……」


 イヨの体をボッ! と青い炎が包んだ。

「この、裏切り者のペテン男ぉっ!!」

 周囲の空気を震わせる叫びと共に、イヨは大きな黒い二又猫に姿を変え、カンザに爪を振り下ろした。カンザは転がりながらそれをかわす。

「おいおいイヨちゃん、待てって。確かに王宮付き医師ってのは誤解をまねく言い方だったが、俺は」

「聞く耳持たーーーーん!」


 飛びかかってカンザを追うイヨ。さながらネズミを追いかける猫だ。ギョウブと一緒にそれを見守るジョウ達四人は、イヨへの『かわいそうに』という同情と『本当に丸々信じてたのか、やれやれ』と呆れる気持ちと半々だった。


 いつまでも追いかけっこを止めない二人に、ギョウブは法衣の下から大きな団扇を引っ張り出し、イヨの頭を上から叩きつけて押さえこんだ。

「やめんか!」


 イヨは砂利に顔をうずめた状態で人型に戻ると、起き上がって膝をついて座った。ギョウブに、泣きそうな顔を向ける。

「見抜けなかった私が悪いとおっしゃるんですか」


「悪いとまでは言わん。だが修行は足りんな。トンギャに関しても無知すぎる。四賢人になったからには、もっと勉強せい」

 ギョウブがそう言うと、イヨは「うわあー」と声を上げて泣き出した。そのまま立ち上がり、秋大寺の出口へと歩いて行く。

 泣き声を聞きつけたハゲがイヨのそばに走り寄って「どうしたん? なあどうしたん?」とピョンピョン飛び跳ねている。他にも狸達が集まってきた。


「おいカンザ。イヨ君を傷つけた責任は、ちゃんと取るべきじゃないのかい?」

 ザハにそう言われ「しょうがねえな」とカンザはイヨの方へと歩いて行った。


「グハハ、あやつ、物事をいつわることに罪悪感の欠片もないな。ひねくれすぎてな男じゃ。同じでも、お主とは正反対じゃな」

 そう言ってギョウブはパンクの腕をつかんだ。

「えぇっ、俺……真っ直ぐな男っすか?」


「当たり前じゃ。来い! 修行を始めるぞ!」




               *




 秋大寺には大きな塔が五つある。そのうち最も大きな『インジン塔』の頂上に、ギョウブとパンクがいた。


「パンク、そこに座れ」

 ギョウブはそう指示を出すと、自分はパンクの向かい、一段高くなっている所に胡坐をかいた。


「俺の修行って、何するんっすか?」

「まずはこれじゃ」

 ギョウブは懐から水晶玉を取り出した。中で炎がゆらめく……パンク達がギョウブに名前と素性を話した際に持っていたものだ。

 パンクがそれをまじまじと見ていると、ギョウブが目と口を大きく開いた。


「かっ!」


 突然床から枝が生え、パンクの体をグルグル巻きにして動きを封じた。

「いでででで! 何すんっすか!」


「お主はワシにこう言ったな。名前はパンク・アルガストニ、生まれは連合国のソーラルブールで、元陸軍少尉だと」


「は……はい」

 枝は少しずつ伸び、パンクの体をさらにきつく締めあげる。ギョウブは水晶玉をパンクに見せながら言った。



いつわりはどれじゃ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る