第118話 パンクの修行 前編
「な、何言ってんすか……俺は、偽ってなんかません……うぐぐっ!」
床から生えた枝が、息ができなくなるほどパンクの体を締め付ける。
「そのままだとこの塔に絞め殺されるぞ。正直に申せ」
「わ、分かり……ました。『元』じゃ、ありません……今も……陸軍少尉っす!」
そこまで言うと、枝の締め付けが緩くなった。ゲホゲホと激しく咳き込むパンク。依然として身動きはまともにとれないが、かろうじて息はできる。
「お主が隠している事を全て話せ」
ギョウブはそう言いながら、真っ白な巻物を目の前に広げた。筆は持たずに例の水晶玉を手に持って覗き込む。パンクは顔を伏せて話し始めた。
「俺は一人、ジェミル前元帥閣下の命令を受けて、レポガニスを出た後からずっと、マナさん達の情報を流してました。誰がいて、どこに向かうのか、どんな霊獣がいたのか。ヒビカさんとかがいたんで、俺一人でランプを奪って逃げるのは無理ってことで、情報だけ」
「うむ。お主はラグハングルでバンクというジェミル側の軍人に、手ひどくやられたと聞いたが、それも演技か?」
水晶玉を覗きながら聞くギョウブ。足元の巻物には、ひとりでに二人の会話が書き込まれていく。
「いえ。俺がスパイだって事を知ってんのは、ジェミル閣下一人だけなんで……」
「ジェミルと最後にやり取りをしたのはいつじゃ」
「ラグハングルに着く少し前に情報を送ったのが最後です。一方通行で、ジェミル閣下から俺には、もうずっと何も連絡とか命令はないです」
「これが最後じゃ。お主は今も、尚且つこれからも、ジェミルの部下か?」
「……いえ。ラグハングルでマナさんがあんな目に遭わされて、何かおかしいって気付きました。マナさん達の……本当の仲間に、なりたいって……思ってます」
ギョウブは水晶玉を懐にしまい、パンクの目の前に座った。枝が床に戻っていき、パンクの体は自由になった。
「よく正直に話したな。ワシはさっきお主を『真っ直ぐ』と言っただろう? あれは言い換えるなら『素直』という事じゃ。右から誰かが突っつけば左に転がり、左から誰か突っつけば右に転がる。そういうお前のようなやつを見るとな、ワシは心が躍る。これから先どう化けるかとな。今から楽しみじゃ」
「化ける……俺も、強くなれるんっすか?」
「お主のような男は、一生化け続ける。いわば天井知らずじゃ。来いっ!」
ギョウブはパンクの首根っこをつかみ、無理やり背中に乗せた。そして床を走り、手すりを飛び越え、屋根を駆け、塔の下百メートルめがけて飛び降りた。
「うわあああああーっ!」
パンクの恐怖の叫びを「グハハハ!」と笑い飛ばし、地面を蹴ってさらに飛ぶ。たちまち秋大寺の敷地を出て、山の木々を飛び越え、ふもとの畑の脇に着地し、パンクを降ろした。
「この畑を見よ」
笑う膝を黙らせながらパンクは立ち上がって畑を見た。別段代わり映えしない、菜っ葉や根菜の畑が広がっている。
「寺の飯に使う野菜じゃ。昼までここの手伝いをせい。おいタザ!」
ギョウブに呼ばれてやってきたのは、他の狸達の倍はあろうかという巨体を持った狸だった。
「今日から一週間、パンクがここの仕事を手伝う。教えてやれ」
タザは「はい」と低い太い声で小さく返事をすると、ゆっくりパンクの方へ体を向けた。その体の大きさと、偶然の逆光が相まって、すさまじい威圧感だ。
「よ、よろしくお願いします」
パンクが頭を下げると、タザは体を反転させながら人差し指をクイクイ動かし、『こっちだ』と合図を送ってきた。
*
タザがパンクを連れて来たのは、何かの根菜の畑だった。
「これ、何っすか?」
「ハルナギニンジン……。藁……敷きます。寒さに弱いんで……」
タザはそう言うと、畑の隣の小屋から縛った大きな藁の塊をいくつも取り出した。三メートルほどの山を片手でバランスを取りながら持っている。
「これを……頼みます」
「えっ、ちょっと待っうぐっふぐぐぐ!」
大量の藁にパンクが押しつぶされているのを見てもう一人、小さな狸が駆けてきた。
「タザ様、人間には一度にそんなに持てませんて!」
畑に藁を敷いていく。パンクはタザの向かい側で、見よう見まねでやっていた。
「こんな感じっすか?」とパンクが見せると、タザは黙ってパンクが敷いた藁の向きを直し、自分の作業に戻る……といった感じで、タザはほとんどパンクと言葉を交わさない。
「あの、タザさんって、超力持ちっすよね。俺、さっき藁持たされたとき、潰れるとこでしたよ」
タザはパッと顔を上げてパンクを見ると、またすぐ顔を下げた。
「すんません……」
「え、いやいや、全然平気っすよ。ただ単にスゲェなぁって。俺も、タザさんみたいに力持ちだったらいいのになぁとか、思うんっすよねぇ」
パンクの言葉を黙って聞いた後、何も言わずにタザは作業に戻った。
単純作業が苦手なパンク。さらに一緒に作業をするタザがここまで無口だというのは、なかなかに耐えがたく、パンクは必死に話を探した。
「あのぉ……。四賢人には、タザさんみたいな部下っぽい人達がいっぱいいるじゃないっすか」
「はい……」
「将軍とか大佐みたいに、軍隊的な階級とか、あるんっすか?」
動きが止まってしまっていたパンクに「手は止めないでください……」と注意した後、タザはゆっくり教えてくれた。
「部下ではなく、『
「へぇ……。俺には一度には覚えらんねぇっすね」
「覚えなくても平気です……」
「タザさんは何眷属っすか?」
「自分は小織です」
パンクは指で階級を思い出しながら数えた。
「えぇっ、上から二番目?! 超偉いじゃないっすか!」
一列敷き終え、戻って行くタザに追いつこうと、パンクは手を急がせた。
「そんな偉いのに、何で畑仕事なんてやってんすかぁ?」
「これは大事な仕事です。……やる人がいないと、みんな死にます。……うちでは階級は、
パンクは「へぇ~」と感心し、パンパンと手についた泥を払った。
「タザさん、カッコイイっすね」
昼になる頃、ギョウブがパンクを迎えに、寺から飛んでやってきた。
「パンク、次じゃ!」
「はい!」と返事をして、タザ達に頭を下げる。ギョウブの元へ走ろうとするパンクを、タザが「パンクさん」と呼んだ。
「褒めてくだすって……ありがとうござんした」
「えぇっ?! い、いやいや俺の方こそ、お世話になりました!」
ギョウブに背負われてやってきたのは、秋大寺境内の落ち葉だらけの庭だ。子供とみられる狸達が、箒を持って集まったところだった。
「こやつらとこの庭の掃除をせい」そう指示を出し、ギョウブは去っていった。すぐに狸達がパンクの元に集まってくる。
「パンク、パンク! ほら、箒やるでよ。オラ達と掃除じゃあ!」
「お、おう」
パンクは差し出された竹箒を受け取り、一掃きした。その様子を見て、狸の一人が言った。
「違う違う、こうやって掃くんじゃ!」
箒をプロペラのように振り回す。他の狸達がゲラゲラ笑った。
「それじゃ何も掃いとらんわ」
「キン様じゃ。それ、こん棒回す時のキン様じゃ!」
箒を回していた狸が「むん」と仁王立ちした。
「『よいかお主ら、武器は重さを使って振るのじゃ』」
また他の狸達がゲラゲラ笑う。
「そっくりじゃ、そっくりじゃ」
「『ハゲ、代わっちゃれ』」
「それ、今朝じゃあ! 今朝のキン様じゃあ」
パンクも一緒になって笑っていると、建物の窓から片目の狸が「これっ!」と顔を出した。
「うわあっ! 本物じゃあっ!」
「キン様、イチが始めよったんです!」
「オラじゃねえ! お前じゃ!」
「何でオラじゃあ! お前じゃろが!」
騒ぎ続ける子狸達を「静まらんか!」とキンが一喝。
「きちんと掃除せい! おいパンク!」
パンクは慌てて姿勢を正し「はいっ」と返事をする。
「お主がちゃんと注意しちゃれ」
パンクは一週間の間、狸を始めとした寺の妖達の生活を隅から隅まで経験させられた。疲れながらも楽しい時間ではあったが、武術の修行と言えるようなものはほとんどなく、パンクの心には焦りが募っていった。
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