第119話 ジャオの思惑




 ギル=メハード来航から三日後。ヒビカが、ゴロウの居城であるアンド城に呼び出されていた。

 コシチに教えられた御殿へと行き、中に入ると「お久しぶりですね」と聞き覚えのある声。声の主を見て、ヒビカは思わず剣に手をかけた。


「ジャオ?!」


 部屋の奥、ゴロウと共に座るジャオは、ヒビカの姿を見て「ホホホ」と嬉しそうに笑う。

「ご心配なく。私はあなた方に敵意はありません」

 普通ならばそんな言葉だけでは信用できないが、近くにいるゴロウや、ジャオの後ろに座るメイが武器も持たずにただ座っていたため、ヒビカは剣から手を離した。


「ヒビカ殿、こちらへお座りを」

 ゴロウが自然な笑顔でそう言い、ひとまずそれに従って座るヒビカ。ジャオが言った。


「あなたを呼んだのは私ですよ。お話がありましたのでね」

「お前が私に?」


「ええ。ギル=メハードが来たでしょう? 彼の目的が何だったか分かりますか?」

「いや……。お前は知っているのか?」


 ジャオは元々細い目をさらに細め、にいっと笑った。

「はい。マナさんのランプですよ」


「何? ジェミルはもう設計図を手に入れたはずだ。だから必要ないと……」

「ホホホ」とまた笑うジャオ。


「彼はランプだけあれば何とかなると思っていたのですよ。霊獣の大まかな居場所も、あなた方の中に忍ばせていたスパイによって、把握できましたしね。ところが、彼らには霊獣は見つけられなかった。霊獣は警戒心が強いですから、悪意を持ったジェミル達が探し回っても、見つかるはずはありません。だから結局、灯がたまっているマナさんのランプが必要になったのです」


「パンクがスパイだった事は、私もこの前知らされた。……お前はどこまで知っているんだ。ラグハングルで起こった事は……」

「ええ、ええ」とうなずくジャオ。


「気になりますよね。あの中央塔は、宇宙空間や海底に逃れていた古代兵器を大気圏内に呼び寄せるための装置です。腕輪とペンダントによって起動し、信号とエネルギーを送り、アーマー機構を駆動させる。すでにそれはジェミルによって成されました。今、この星の空のどこかに、古代兵器『モス・キャッスル』が浮かんでいるはずです。ランプの灯がなければ、能力は引き出し切れませんが」


「ジェミルはそれで世界征服でもしようというのか?」

「ホホホ、ええ。シンプルで分かりやすいですね。私は悪人ですが、ジェミルに世界の盟主になられると困るのですよ。商売ができなくなる。悪行のできない世界など、人間の住む世界としてふさわしくないと思いませんか?」


 ヒビカは顔をしかめてジャオを睨んだ。

「お前の思想など、私の知った事ではない。私にこんな話を聞かせて何をしたいのだ」


「簡単です。あなた方に、マナさんを傍で守るための戦力になって頂きたいのですよ。後々あなた達の力が必要になる。恐らく、近いうちに連合国とジェミルとの間で戦争が始まります。はっきり言って、連合国が単独で立ち向かっても勝ち目はありません。その次、ジェミルの矛先が向くのはアキツです」


 理由はマナのランプを狙っているから、という事はヒビカにも分かる。チラリとゴロウを見た。マナや自分達は、追い出されるのだろうか。

 ゴロウはそんなヒビカの心配を分かっていたようで、笑顔を浮かべてみせた。


「そなた達はこの国にいてもらいますぞ。マナ殿のランプは今しっかり握っていた方が、我々にとっても政治的に都合がよいですからな。そなた達はワシらアキツが、ジェミル達から守ります」


 ゴロウの口調や声は、蓄えた豪快な髭や髷、浅黒い肌といった風貌から想像される荒々しいものではなく、懐の深さと繊細さも持った人情味のあるものだ。

「ゴロウ様、お礼の申し上げようもありません」

 ヒビカはゴロウに深々と頭を下げた。


「『様』などいりませぬ。そなたはアキツの人間ではないうえ、ワシの弟子でも部下でもないのですからな。それと、気に食わんかもしれませんが、どうかジャオにも一言礼を。そなた達をアキツでかくまう事も、修行の事も、ワシの友人であるジャオから進言されたものです」

 ヒビカは驚きの顔をジャオに向けた。すると「ホホホ」と笑い声。


「お礼などは結構ですよ。私は自分の都合で動いているだけですから。戦争が始まれば、連合国中央政府総理大臣のアードボルトがこちらへ特使をよこすはずです。同盟か何かを結ぶためにね。その際ランプの存在をちらつかせて交渉を有利に進め、私はレポガニスの街を再建するための諸々の物資や力を連合国から引き出したいのです」


「連合国がお前にそんな物を与えるはずがないだろう」

 ヒビカがそう言うと、うんうんとうなずくジャオ。


「おっしゃる通り。しかし、アキツ棟梁のゴロウには与えざるを得ません。そして、その後それをどうするかは、ゴロウの自由です」


「……なるほどな。いずれにしろ、お前に恩ができたのは事実だ。礼を言わせてくれ」

 頭を下げるヒビカに対して、ジャオはやれやれ、と頭を振った。


「結構ですと言ったでしょう。みなさんの修行がうまくいくことを、私も願っていますよ。さて、私はそろそろ失礼して、休ませてもらいます」

 ジャオはゆっくり立ち上がり、メイを引き連れて部屋から出て行った。



「ゴロウ殿、ジャオの本当の目的は一体何です? 上手く話を流されましたが、私達に修行させるメリットが、ジャオにあるとは思えません」

 ジャオが出ていくのを見守ってからヒビカがそう言うと、ゴロウはにっこり笑うと頭を掻いた。


「あいつの目的か。一体何でしょうな。ワシにも分かりませぬ。だが推測を言うなら『』を作っておきたいのでしょうな。何のためかは知らんが。そなた達の修行は、息子のクロウからも頼まれた。安心して励まれよ」



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