第120話 パンクの修行 後編
「ギョウブ様! 俺の戦闘の修行って、いつになったら始まるんすか?」
秋大寺の朝、パンクはまた子狸達と一緒に掃除をしていた。たまたま通りかかったギョウブにパンクはそう聞いたのだ。
ギョウブは「ふむ」と頭を掻くと、言った。
「そう言うなら、始めるか」
パンクは「えぇ?!」と大声を上げて驚愕した。ギョウブの指示に従いこの一週間、寺の妖達と同じ生活をしていたのに。
「俺のタイミングの話だったんっすか?!」
「そうだと言えばそうじゃが、そうではないと言えばそうではない。ついて来い」
初めにギョウブがパンクを連れてきたのは厨房だった。
「おい、ツムジ!」
ギョウブに呼ばれて出てきたのは、板前の恰好をしたイタチだった。
「へぃ。なんでござやしょ」
「今日の昼飯に使うハルナギニンジンはどこじゃ」
ツムジはすぐに厨房の奥へ行くと、ハルナギニンジンのたくさん入ったカゴを引きずってきた。
「こちらにござやす」
ギョウブは手を突っ込んで一本取り出すと、ツムジにたずねた。
「出来はどうじゃ?」
「中の上、と言ったところでござやしょか」
「グフフ」と笑うギョウブ。
「普段下の下だの下の上だの言っておるお主が中の上とは。タザの仕事ぶりは上々じゃな」
「中の上が上々とは、こりゃいかに」
ツムジとギョウブが笑う。パンクには全くわけが分からなかった。
「ギョウブ様、これって俺の修行と何か関係あるんすか?」
ギョウブは手に持ったハルナギニンジンをパンクの顔の前に押し出した。
「これはお主が手伝って作ったハルナギニンジンじゃ」
「えぇっ? でも俺が手伝ったのって、たった一週間前っすよ? あの時まだ小さかったのに……」
「ここの野菜や穀物は全て、妖達の気を込めて育てられておる。このニンジンにはお主の気もな。自然界で普通に育つよりもずっと早く大きくなるのじゃ。よし、次に行くぞ!」
「えぇ、もうっすかぁ?!」
戸惑うパンクを、ギョウブはグイッと引っ張って走り出した。
「この小屋にある物が何だか分かるか?」
ギョウブが扉を開けた小屋。中には黒い何かがどっさり積み上がっている。パンクは近付いて触ってみた。
「土っすか? ……違う、葉っぱ?」
「そうじゃ。これは腐葉土。これにも妖達の気が練り込まれておる。これを畑の土に混ぜ込んで、野菜や穀物を育てるのじゃ」
「あぁ、なるほど。これは、俺とどういう関係が……」
「庭の掃除をしただろう? あの落ち葉がこの腐葉土となる」
ギョウブはパンクを外に出し、小屋の扉を閉めた。
「これでおおよそ気が付いただろう?」
「えーと、俺の仕事が、みんなの役に立ってる的な事っすか?」
ギョウブは「うむ」とうなずいた。パンクは思わず「うーん」とうなる。
「でも、それって強くなるのと何の関係が……」
「お前は素直で、繊細で傷つきやすい。それでいて鈍感じゃ」
「えぇっ……」
パンクには、『繊細』と『傷つきやすい』は生まれて初めて言われた言葉だった。驚きで反応できない。それを見て「グハハハ」と楽しそうにギョウブは笑う。
「お前は自分が大した仕事ができない男だと傷ついていたのだろう? だからジェミルの密命に飛びつき、いつまでもしがみついていた。自分以外の者はやらん、唯一無二の仕事と思えるからな。その誘惑に負けたのは、『自分は日々の暮らしで他の者達を支えているのだ』という実感が、お主にないからじゃ。それがなければ、いくら鍛えようと同じことの繰り返しになる。実感するにはもう少しかかるだろうと思っておったが、どうじゃ? 実感できたか?」
パンクには、実感しているのかしていないのかもよく分からなかった。答えあぐねているパンクをギョウブがまた楽しそうに笑う。
「分からんか。まあ、深く考えるな。昼飯の時に、誰かにハルナギニンジンの味でも問え。これからは手伝いだけでなく、武術の修行もさせる。来い!」
ギョウブが最後に連れてきたのは、寺で一番広い広場だった。妖達が集まって、柔術などの格闘術や、刀、槍、薙刀、こん棒などの武器を扱う稽古をしている。
「キン! バク!」
ギョウブに呼ばれて走って来たのは片目の狸と、ヒグマほどある狼だ。二人とも呼ばれた理由は分かっているようで、パンクを見ると「おう」と手を上げた。
「いよいよですな。ギョウブ様、ワシとバクにお任せくだされ」
「ひと月の間に、パンクを鬼熊と見まごうほどの屈強な武人にして見せますわ」
ギョウブは「頼むぞ」と言うと、近くの建物へと歩き出した。
「えぇっ、ギョウブ様は教えてくれないんっすかぁ?!」
そう言うパンクにギョウブは振り向き、言った。
「ワシは人に教えるのは不得手でな。そやつらの方がお主のためになる。もし何か困った事があれば、ワシに言え」
「ち、ちょっと……」
行ってしまうギョウブを、心細さから引き留めようとするパンク。その肩をキンががっしりつかんだ。
「案ずるな。ワシらが徹底的に鍛えちゃる。まずは腕立て五百回、腹筋五百回じゃ!」
「え……えぇえぇ?!」
*
「うわっ!」
リズが驚いて声を出した。昼飯のお膳の前に座っていたら後ろからいきなり肩をつかまれ、体重をかけられたのだ。犯人は、パンク。
「リズさん、すんません……か、体が……上手く動かなくて……」
「修行でか? 随分厳しそうだね」
「はい、まあ……」
今にも倒れそうになりながらも、なんとか自分のお膳の前に座るパンク。その後ろをキンとバクが笑いながら通り過ぎる。
「よく頑張ったなパンク。ここの料理を食っちゃれば、疲れもすぐ取れてどんどん体が強くなるわい、安心せい」
「食い終って一息ついたら、次はワシと一緒に走りますかいの。その後は他の妖達と格闘術の稽古、その後はキンと武器の稽古ですわ」
パンクは、『無理っす』と言う気持ちを込めながら「はい」と返事をした。
気を練り込んだ食材を使って作られた寺の料理。疲れた状態で食べてみると、その効果は絶大だった。疲れは胃に吸い取られるように消え、食べる度に筋肉がついていく感じすらする。
パンクは、リズがきんぴらごぼうの器を取るタイミングで聞いてみた。
「リズさん、それに入ってるニンジン、俺も作るの手伝ったんっすよ。味、どうっすか?」
リズは一口食べると、続けて全部口に押し込んだ。もぐもぐと噛みながらパンクに笑顔を向け、言ってくれた。
「うまいよ。修行頑張りな」
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