第四章 サルベージタワー オッカと、海流の主、万里リュウグウノツカイ メリバル

第18話 オッカへ




 海軍本部、最上幕(大将以上の幹部による会議)にて、とある議題が話し合われていた。

「陸軍は第六軍のタブカ・シア大尉を護衛という形で同行させているようです。我々も手をこまねいてはいられません」

 ある大将がそう言うと、他の大将も「そうだ」「このままにはできない」と賛同する。


「元帥閣下。こちらも護衛という形で、誰か同行させましょう。向こうは大尉ですから、少佐以上の兵士が望ましいでしょう」

「うむ……」

 大将からの提案に、元帥は深くうなずいた。


「閣下」

 手を挙げたのは、最も経験豊富、ベテランのアサガリ大将だ。

「よし、アサガリ大将。意見を」


「下手に少佐や大佐をつけても、陸軍はすぐに准将や少将をつけてくるでしょう。思い切って、こちらは大将を誰か派遣するのがよいかと。陸軍も、さすがにジェミル陸軍元帥を一般人の護衛に派遣はできないでしょう」


 他の大将たちはざわついた。護衛するためには戦闘にも長けていなければならないが、海軍の大将クラスとなると、実戦からはすでに遠ざかっている者がほとんどだ。アサガリ大将は続ける。


「私は、ヒビカ大将殿が適任かと思います。腕もめっぽう立ちますし、気の強い女ですから、もし相手が、よりベテランの大将を派遣してきても後れを取ることはないでしょう。むしろ、女らしからぬ彼女の気迫にたじろぐくらいではないかと」


 会議室にパラパラと笑いが起こる。元帥が「ヒビカ大将、どうかな?」と言うと、部屋にいるただ一人の女であるヒビカ大将は、すっくと立ち上がった。


「元帥閣下のご命令とあらば、もちろん」


 ヒビカは大将の中で最も年少であり、連合国の歴史上、初めての女性大将だ。気の強さは生来のものだけでなく、男社会の中、一人でのし上がってくる過程で身についた面も大きいだろう。


 最上幕が開く(終了する)と、ヒビカは自分の執務室に戻り、すぐに準備を始めた。この任務は陸軍に張り合いたいだけの、たいして意味のないものだ。自分一人で十分だろう。

 髪を一度ほどいて結び直し、自分のアーマーを手に取る。

 根元に小型の砲がついた剣。入隊してからは、これを振り回せるように必死に訓練してきた。

 ヒビカは剣を背負い、マントを羽織り、部屋を出た。目的地はオッカだ。海軍専用小型機『ミニワスプ』なら、一時間足らずで着く。





「ヒビカ大将」

 飛行場への連絡通路で待ち構えていたのは、アサガリ大将だった。渋いダンディな顔と言われることが多い男だが、表情はいつも、今のようにやたらニヤニヤしている。


「待ってたよ。出発する前に会えてよかった」

 そう言いながらヒビカの肩に手を乗せてきた。大きめにお辞儀をして、それとなく手を振り払う。

「アサガリ大将。お見送りのお言葉、感謝します」


「いや、それなんだがね。私も別件でオッカに行くんだよ。それでね、どうせなら私の『コメットホーク』で一緒に行かないかね?」


 コメットホークというのは、海軍元帥と上位四人の大将にしか使用が許されない、豪華客船のような飛行機だ。軍人の他、政治家や海外の要人を乗せることもある。安全に、至れり尽くせりの移動をするための飛行機で、速いとはお世辞にも言えない。


「いえ。なるべく急ぎですので、私はミニワスプで向かいます。お気持ちだけ頂戴します」

「そんなに急ぐ必要があるかね?」

「相手は気ままに旅をしている一般人ですから、向こうがつくより先にオッカに行かねばならないだろうと」

「そうか」と少し考え込むアサガリ大将。ヒビカが会釈をして通り過ぎようとすると、前から肩をつかまれた。


「それなら私もそのミニワスプで向かう事にするよ。私の方は融通が効く」



 結局、アサガリ大将と一緒に行くことになった。ミニワスプにはパイロットを含め三人まで搭乗可能だが、必要に迫られる特別な任務でもない限り、普通はパイロットともう一人しか乗らない。


「アサガリ大将、ヒビカ大将、準備はよろしいでしょうか」

「ああ」

「いいぞ」

 アサガリ大将に続いてヒビカも、パイロットに伝えた。乗り込んでからずっと、アサガリ大将の手がヒビカの足をさすっている。

 ヒビカは距離を取るために身を縮めるが、狭い機内でアサガリ大将の手を避けるのは無理だった。


 『磁気カタパルト』でミニワスプが浮きあがった。丸い主翼の周りを特殊な磁石がなぞるように動く。

 ヴン! という独特な唸り声を上げて、ミニワスプが空に飛び立った。




「大型機で陸軍に遅れを取っているのは、悔しいことではあるがね。小型機の精度や運用システム、設備はまだまだ我々がリードしている」

 ミニワスプが発進してから、アサガリ大将はつらつらとお喋りを続けている。


「陸軍のデメバード発表直後、大将はどいつもこいつも『陸軍を上回る大型機を』と言っていただろう? だから私は言ったんだよ。『アピール目的の大型機よりも、実際に現場で様々な任務をこなせる小型機の開発と、その運用で差をつけた方が、むしろ新設空軍内での影響力が増す』とね。私のその発言が元帥を動かしたのさ。この磁気カタパルトは、私の紹介で民間の……」


 どの話題も、最終的にはアサガリ大将の自慢話に帰結する。ヒビカは、オッカまでの一時間このつまらない話を延々聞かされるのかとイライラしていた。




                *




「じゃあ、その鷹は本当に雷を自由に落とすことができるんですか?」

「ああ。マナさんが近づいた時、バァンと一発。すごい威力だったよ。足元の岩が粉々になってはじけ飛んでさ」

「そんな危険をくぐり抜けながら旅を続けるというのは、本当に強い意志をお持ちなんですね。マナさん」


 リズが運転する車の後ろの席で、ジョウがタブカにこれまでの旅の話を聞かせていた。タブカは程よく興味を示してくれるため、ジョウは自然にタブカと話し込んでいた。


「なあマナさん、タブカにちゃんと返事してあげなよ」

 ジョウがそう言ってもマナは軽く「うん。ごめんなさい」と返してくるだけ。怖がっているのか何かを疑っているのか。


 アルラディーンを出てからジョウは、こんなに親しく話してくれるのにいつまでもそんな態度を取られてはタブカがかわいそうだ、と何度かマナに言ったものの、あまり態度は改善されていない。



 ジョウの車は途中の街や村で少しずつ改造を重ね、サンルーフ付きの四人乗りになっていた。ドアはまだなく外気はそのまま入ってくる……というか繋がっているため、外が暑ければ暑い、寒ければ寒い、雨が降れば体は濡れる、といった具合ではある。だが、運転手にしがみつかなくても落ちずにお喋りできる程度に乗り心地はよくなった。


「あのフェリーだな。マナ、切符を頼む」

 そう言われてマナは全員分の切符をリズに渡す。リズはそれを係員に渡し、フェリーの入り口へと向かった。

「あたしは車を船底の車庫に置いてくる。みんな、先に船室に行っててくれ」


 リズもタブカをよく思っていないらしく、彼が加わってから口数が減った。「自分が元海軍将校だと絶対に言うな」と口止めまでされている。

 タブカはただ「護衛しろ」という上官の命令に従っているだけだし、これまでの旅でも何かを邪魔したことなどない。ジョウは不憫に思えてならなかった。


「じゃあ、お昼十二時に食堂でね」

 マナとコッパは、ジョウとタブカを置いて自分たちの船室に向かっていった。


「タブカ、悪いな。二人ともあんな風で」

 ジョウが申し訳なさそうにそう言うと、タブカは「いえいえ」と爽やかな笑顔を見せた。

「アルラディーンでは大佐が少々失礼な態度を取ってしまいましたし、私がいつも笑っているのが逆にお二人の不審を買っているのだと思います。安心できないのも、当然と言えば当然かも知れません」


 ジョウとタブカ二人で船室に向かった。二段のベッドがあるだけの簡素な部屋。ここで一晩過ごせば、オッカに着く。


「なあタブカ、陸軍の飛行機のこと、教えてくれよ。できる範囲でいいからさ」

 下のベッドに腰かけ、すぐにそう言う。タブカの方はバツが悪そうに「いやー」と頭をかいた。


「お教えしたいのはやまやまなんですが、僕は生粋の陸人間で関わりがないので、飛行機の事は何も知らないんですよ。公表されている事ぐらいしか分かりません」

「そんなこと言って、どうせ本当は新設の空軍の事とか、色々陸軍内の事情みたいなの知ってるんだろ?」


「まあ……准将以上の閣下方はみな、空軍の事で頭がいっぱいという印象はありますね。うちは海軍と違って『猪突猛進の美学』みたいなものが伝統的な価値観としてあるので、ご存じの通りデメバードのような大型機を作ることに情熱を注いています。それで海軍に差を付ければ、新設される空軍の幹部を陸軍出身者で埋め尽くせるだろうと」


「えー? 大型機作るだけでそんなにうまくいくかあ?」

 にやっと笑ってジョウがそう言うと、タブカはまたバツが悪そうに笑った。

「私の立場では何とも言い難いですが、海軍のみなさんも空軍の事に関して大変一生懸命でいらっしゃいますから、そんなに簡単な事ではないだろうと、素人の一人として思っています」


 大柄なタブカがベッドのはしごを登ると、ギシギシと音が鳴る。このでかい図体もマナとリズに警戒される原因かもしれない。

「陸軍大尉が素人なわけないじゃんかよ」

「素人ですよ。本当に何も知りません。飛行機の操縦は勉強したいですけどね。日々の任務に追われていますし、パイロットの知人もいないですし」

「あ、それならリズに聞けばいいよ。あいつ……」


『海軍』という言葉を寸でのところで止めた。


「……コーラドでパイロットしてたから」

「ああ、そうなんですか。車の運転を見ていても、機械に慣れていらっしゃるなと思っていたのですが、通りで。昼食の時にでも、お話を伺ってみたいですね」



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