第19話 船上のトラブル




 フェリーの食堂に集合し、昼食をとる。オッカ名物の「双頭エビのグラタン」の大皿を頼み、全員で取り分けた。


「うまいね。おかわりもらっていい?」

「オイラも欲しい」

 ジョウとコッパはかなり気に入ったらしく、食べるのに夢中になっている。初めに取り分けた分をゆっくり食べているタブカは、食べるのを中断し、リズに「あの……」と遠慮がちに声をかけた。


「リズさん、コーラドでパイロットをなさってたそうですね」

 リズはあからさまに眉をひそめた。

「なんで知ってるんだよ」


 敵意むき出しの反応にタブカは慌てて弁解するように言った。

「ジョウさんが、教えてくださったんです。僕が『飛行機の操縦を勉強したい』と言ったもので」


「ああ……。コーラドでパイロットやってたよ」

「もしよかったら、小型機の操縦について、ご教授願えませんか?」

「陸軍にいるなら、わざわざあたしなんかに聞かなくても、教官が何人もいるだろ」

「陸軍の教官は人数が少なくて、厳しい条件をクリアした兵士でないとパイロットの教育は受けられないんですよ。僕は落ちこぼれなもので、とても。海軍は違うのかもしれませんけどね」


「……へえ。まあ、考えておくよ」

 そう言いながらタブカでなくジョウを睨むリズ。ジョウは視線を合わせないようにグラタンを食べきると立ち上がった。

「そろそろ時間だ。俺見てくる」


 ジョウが逃げるように食堂を出ると、リズは「あたしも」と追いかけてきた。





 このフェリーはアーマー機構七つを組み合わせた、超高速客船。そのスピードを生み出すしくみ『ギア交換』を見ることができる見学室がある。


「おおお……」

 目を輝かせるジョウ。ガラスの向こうのエンジンルームでは、直径三メートルある大きな歯車がいくつも、止まったり動いたり、離れたりくっついたりを繰り返しながら、四つあるスクリューの回転を制御している。


 隣で見ているリズは、こちらに顔を向けずに小さい声で責めるように言った。

「何でタブカに、あたしがパイロットやってたことを教えたんだ」

「……だって、聞かれたから」

「『あの人パイロットやってましたか』とでも聞かれたのか?」

「そうじゃないけど……。別にそれくらいいいだろ。海軍にいた事は言ってないぞ。そんなに人に知られるのが嫌なのかよ」

 リズは苛立ちをにじませながら「そうじゃない」とささやいた。


「相手がタブカだからだ。無理やり着いてきてる陸軍大尉だぞ? どんな目的があるか分からないだろ」


 誰にも危害を加えていないどころか悪いこともしていないタブカに対するこの態度。ジョウも思わずイラッときた。


「いい加減にしろって。仮にも護衛してくれてるんだぞ? 仲良しになれとは言わないけど、もう少し優しくしてやれよ。パイロットやってた程度のこと、俺が喋らなくたってそのうち何かのきっかけで知られるに決まってるじゃんかよ」


「結果として知られるかどうかじゃない! 信頼関係の問題だ」

「だから、お前がもう少しタブカを信頼してやれよ! もし宝石砂漠で俺達を襲ったあの三人がまた来たら、お前が何とかしてくれるのか?!」


 ジョウの返しでリズはさらに苛立ったらしく、短い銀髪を掻きむしったが、すぐに「分かったよ」とこぼし、その後はジョウと一緒にギア交換を見物していた。




                *





 ドボオォン……と低く太い水音とベッドの揺れで、リズは目を覚ました。すぐに起き上がり、上のベッドで寝ているマナを起こす。

「マナ、起きな」

 体をゆすると、マナはやっと目を開けた。「どうしたの?」と目をこするマナに「しっ」と人差し指を立てる。


「今、衝撃音がした。船も少し揺れてるだろ? 何かのアクシデントで停止したらしい。ランプをちゃんと手に持って、万が一に備えておきな」

 マナは一気に目が覚めた様子で、ランプを取り付けてある足元のリュックを手繰り寄せた。リズは「ちょっとその辺見てくる」と笑顔で言い、部屋を出て戸を閉めた。


 船室を出ると、すでに乗客がざわざわとしていた。怖がる声、不思議がる声。聞こえるのは、だけだ。リズはゆっくり空気を吸って吐いた。

 その辺を見るとは言ったものの、すでに狭い通路に乗客が何人も出てきている。ここでドアから離れてしまうと、乗客の中に賊が紛れていた場合、侵入を阻めない。


 宝石砂漠で出会ったシャラク傭兵団を思い起こす。マナのランプを狙っていることははっきりしている。奪われそうになった時のマナの必死さは、並大抵のものではなかった。『殺す』と脅されても「だめ」と即答。事情は知らないが、まさに命より大事な物なのだ。


 リズはあの時、ナイフを取り出して相手に対抗しようとしたものの、あっさり取り押さえられた。軍隊にいた頃は体をしっかり鍛えていたし、護身術や格闘技、刃物や銃の扱いも多少の心得はある。

 だが除隊した今、武器として使えるのは果物ナイフ一本。あの三人は全員アーマーを持っていた。まともにやりあって勝ち目はない。


 情けない話になるが、そうなると頼みの綱はタブカだ。昼間は、「タブカに優しくしろ」と何も分からず言うジョウにイライラしてしまったが、実はジョウの方が現実をなんとなく捉えていたのかもしれない。


 心が乱れてきた。もう一度、意識してゆっくり呼吸を。



「えーと、あ、あー、あー」

 船内アナウンスだ。声の雰囲気はあまり緊張感がない。心配しすぎだったろうか。



「みなさま、とってもお騒がせしました。えーっと、係の者が、みなさまの平気なことを確認するので、みなさま全員、部屋のドアを開けて、中の椅子に座って待っていてください」



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