第20話 オッカ到着
船室の扉を開けて船員が来るのを待つ。リズはあえてマナのいる船室から二つほど離れて、通路に立っていた。特に具体的な理由はない。何となく……落ち着かなかった。
「はーいどうもー。元気ですか? 大丈夫ですね。はーい」
通路のずっと先で船室を確認しているのは、さっきの間の抜けた声の船員だ。生で聴くと聞き覚えがある。リズは、明かりが消え、暗くなった廊下で目を凝らした。
縮れた赤い髪にバンダナを巻いた、オーバーオールの小柄な女。傭兵団の一人、ヤーニン・ヴィス。目がはっきりと合った。
「見つけたあっ!」
ヤーニンは腰のベルトからヌンチャク型のアーマーを取り出し、こちらに走ってくる。リズはすぐにナイフを取り出す。
切りかかるものの、あっさり片方のヌンチャクではじかれた。もう片方で頭を殴られ、リズは倒れた。
「まったく、手間取らせてくれるよね。さて、この部屋か」
ヤーニンは、リズの一番近くの別の船室に入り込んだ。乗客の高齢女性が小さく叫び声を上げる。
「はいこんにちは。ランプ……あれ、あなた誰?」
すぐにヤーニンは船室から出てきて、リズの腕をつかんで引き上げた。
「ねえ、ランプ持ってるあの女の子はどこに……」
ところが、聞いている途中でヤーニンは何かに反応するようにグイッと体をひねった。同時にバチィン! と激しい衝撃音が響き、ヤーニンは数メートル吹き飛ばされた。リズはすぐに起き上がって通路の反対側を見る。
暗くてよくは見えないが、勘で分かった。タブカだ。
「びっくりした……誰? 邪魔するなら容赦しないよ!」
ヤーニンはそう言いながらヌンチャクを折りたたんで軽く振った。すると、中から細い刃が飛び出て、レイピアのような小さな剣になった。さらに、シュウウウウ……と音を立て、白い霞をまとう。冷気だ。
リズを通り越して相手へとびかかるヤーニン。同じくこちらへ向かってきたタブカとガチンと切り結んだ。ジュワッと音がする。
「げっ、熱アーマー?! しかもそのマント……!」
ヤーニンはタブカから飛び退いてすぐ走り出した。
「お姉ちゃァーん、軍隊だー!」
タブカはすぐにリズに駆け寄ってきた。
「リズさん、大丈夫ですか?」
リズがうなずき「マナも無事だ」と答えるとタブカは安心したように、マントを正して立ち上がり、ムチのように長く伸びていた剣型のアーマーを折りたたむと、マントの下にしまった。
気付くと、タブカの後ろにジョウもくっついてきていた。それみたことか、とでもいうような冷めた表情をリズに向けている。
「タブカのおかげだよな?」
リズは返す言葉が見つからず、無言で船室に戻った。
*
タブカが船長に話を聞いたところによると、どうやら最初の衝撃音は、シャラク傭兵団による小型ボートからの砲撃。それがこの船の右前方二十メートルあたりに着水し、緊急停止。その間にボートが近づき、ジョイス、シンシア、ヤーニンの三人が乗り込んだ。
状況把握に追われている間にコクピットに押し込まれ、ヤーニンが偽の船内アナウンス。船室の扉を開けて待機させ、マナを探しに来たという事だ。
船長がオッカにある海軍支部に連絡し、海軍の巡視船が護衛に着き、予定より遅くオッカに到着した。
「あれがオッカですね」
甲板に上がった五人。タブカが白い大きな塔を指さした。ジョウは「すげー」と感嘆の声。
「ホントに海の真ん中にぽつんと立ってるな。でも、どこに船を着けるんだ? 桟橋みたいなの全然見えないけど」
「塔の中に港があるんだよ。シャッターを開けて船ごとオッカに入るんだ」
リズがそう教えると、タブカが「詳しいですね」と一言。だがリズは無視している。
「タブカ、昨日はありがとう。リズと私とコッパを守ってくれたんでしょ?」
マナがそう言うとコッパが続く。
「さすが軍人だな。アーマー持ってる相手をすぐに追い返したらしいじゃん」
「まあ、アーマーの扱いに関しては、一応プロですからね。お二人が無事で何よりでした」
コッパが「三人だ!」と突っ込み、タブカは慌てて「あっ、失礼しました」と頭を下げる。
オッカは海上港都市として開港してからの百四十年間、広く、高く拡張され続けている。今ではサルベージ施設や居住区の他に、飲食店街や映画館やアミューズメントパークのようなエンターテイメント施設まである。
オッカの壁にがっぽりと開いた出入り口から、フェリーが中に入る。ジョウが「あれっ!」と船首に走った。マナ達もそれを追いかける。
「ミニワスプ! 海軍のミニワスプが一機、あそこに停泊してる」
ジョウの指の示す先、船着き場の一角に、丸い形の翼を持った飛行機が一機、水に浮かんで止まっていた。
「オッカの海軍専用飛行場は建設中のはずだよな。なんでここに? ひょっとして、何かテストするためかな?」
顎に手を当てて考えているジョウをマナはつついた。
「ジョウくん、最初に宿の手配しよう。観に行きたかったら、その後にね」
フェリーを降りた瞬間、マナは視線の先に一人の女性を見つけた。おそらくマナより歳上、リズと同じくらいだろうか。海軍将校用のマントを羽織り、腰には剣型のアーマー。こちらに歩いてくる。
彼女は、まずタブカに話しかけた。
「陸軍のタブカ・シア大尉とお見受けする」
タブカは「はっ」と敬礼。
「連合国海軍第七軍大将、ヒビカ・メニスフィトだ。私も護衛として同行する」
少したれ目で眠そうな顔立ちだが、大きめの声でキビキビハキハキしゃべる、いかにも『軍人』といった雰囲気の女性だ。
ヒビカはタブカと握手をした後、マナに手を差し出してきた。
海軍から、頼みもしないのに二人目の護衛とは。戸惑いから握手はせずに、取りあえずお辞儀ですませる。
ところが、頭を上げるとそこにはまだヒビカの手が待っていた。マナに向ける眼差しは、有無を言わさぬ力強さ、こちらを見透かしているような威圧感がある。マナは仕方なく握手をした。
宿の手配をし、二手に分かれる。ジョウとリズ、それにタブカはサルベージ品店をまわり、パンサー用のアーマー機構探し。マナとコッパ、それにヒビカは深海まで行ける貸し潜水艦探しだ。
「おいジョウ、これは使えるんじゃないか?」
「うーん、シャフトが細すぎるな。この形状だと、取り換えもできないから厳しい」
サルベージ品を販売する店はオッカに数え切れないほどある。しかもオッカは長い時間をかけて拡張を続けてきた街のため、店は一か所に集中しておらず、全部回るためには街中を歩かないといけない。
「このでっかい店ならあると思ったんだけどな」とジョウがぼやく。
「まあ、まだ店はたくさんあるさ。時間はあるんだから、しらみ潰しに回ろう。タブカ、地図を……」
リズが振り返った場所にいたはずのタブカが見当たらない。二人ともすぐに店を出た。タブカは、店から少し離れた所で、ホームレスと思われる男性に何か渡していた。
「タブカ、何やってるんだよ」
ジョウが近寄るとタブカは慌てて「すいません」と謝った。
「ちょっと施しを。次のお店に行かれますか?」
「ああ。このあたりの店は全部回ったから、次のサルベージ店街だな」
ジョウと二人で地図をのぞくタブカの背中を、リズはまだいぶかしげに見ていた。
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