第九章 恒久氷河の街イッランと、気まぐれ銀行員、潜氷ペンギン セナ
第64話 イッラン到着
「いたっ!」
マナは左の人差し指を口に突っ込んだ。元々裁縫は得意ではなく、もう指を針で刺すのは何度目か分からない。マナの様子を見て、リズが手を差し伸べた。
「あたしがやってやろうか?」
「ううん。ありがとう。これは私が作ってあげたいの。もうちょっとで完成するし」
作っているのはコッパのコートだ。これから行くのは極寒の氷河の街。いつも通り裸で行ったら、凍り付いてしまうだろう。
マナ達の乗るパンサーは、南極圏の少し手前の高原に降りてきていた。アーマーは水を燃料としており、基本的に寒さには弱い。ジョウが翼の上に登り、エンジンのメンテナンスをしていた。
「パンク、二番のスパナ取って」
「二番ってどれだぁ?」
「一番大きいのだよ」
「一番大きい……これか」
「それじゃない、箱の右奥に入ってるヤツだ」
「えー? ねぇよ」
結局ジョウが翼の上から降りて、スパナを取り出す。こんな感じでパンクはなかなかに『使えない』のだ。ど素人のマナやザハならいざ知らず、多少はアーマーをいじることもあったはずの元軍人がこれとは、頼りない。
パンサーには時折、寒い南風がごうごうと吹き付ける。その度パンクは身震いして騒いでいた。
「さみぃいぃぃー! さみぃよ! さみぃ!」
「うるせーな。寒い寒い言ってたらよけい寒く感じるだろ」
「だって声出しゃぁ少しはあったかくなんだろォ?」
「じゃあ歌でも歌ってろよ」
「さーみぃ~♪ さみぃさみぃ♪」
「るさいっ!」
ジョウは要らないネジをパンクの頭に投げつけた。
「ほー、あったけー」
コッパは、マナに作ってもらったコートにくるまり、気持ちよさそうに目を細めた。
「コート着ると姿を隠せないのが難点だな。オイラ、忘れて透明になりそうだから気を付けないと。いやー、それにしてもあったかい。マナ、ありがとな」
マナはコッパの頭をなでて言った。
「よかった。これで行ける場所が増えるね」
「ああ」とコッパ、そして「ところでマナ」と話を始める。
「ペンギンは氷の中にいるんだろ? それだと臭いを嗅ぐのは完全に無理だ。音を頼るしかないけど、氷を伝う音を聴くのはオイラも経験ないから、どれくらい聴こえるか分からない。もし聴こえなかったら、探すアテはあんのか?」
マナは裁縫道具を片づけながら「うーん」と考えた。
「ないなあ……全然ない」
「氷河は広いぞ? どうすんだよ」
「うーん……」
「私に心当たりがある」
ザハが呼んでいた本を閉じ、そう言った。マナとコッパが「えっ」と近寄る。
「本で読んだことがあるんだが、イッランでは『セナ』という女神を祀った祠にお供え物をするんだ。そうすると、そのお供え物は短い時間で一気に古くなる」
「古くなる?」と、マナは意味がよく分からず繰り返した。
「ああ。まるでタイムスリップでもしたようにね。人々はそれを利用して、酒を熟成させたり、漬物を漬けたりするのさ。これは、お供え物に霊獣が何かしているのかもしれない」
パンサーの扉がガシャンと開き、外から寒い風が入ってきた。ジョウとパンクがすぐに入り込み、扉を閉めると、「ふーっ」とため息をついて座り込んだ。リズがすぐに「お疲れ」と声をかける。
「ジョウ、エンジンどうだった?」
「ちょっと凍りかけてたから、応急処置だけしておいた。この寒さに完全に対応できるようにするには、もう少し時間かかるかな。イッランに着いてから改造するよ」
ジョウの隣に「ふーっ」とため息をしながらパンクが座る。
「応急処置だけでも、大変だったよなぁ」
「お前は俺に道具を手渡してただけだろ。元軍人だからって手伝わせた俺が馬鹿だったよ」
リズが運転席に着き、エンジンをかけた。
「出すよ。もうイッランは目の前だ」
*
山と山の間に流れる氷河。この氷は、摂氏百度にならなければ溶けない不思議な氷でできている。そのため、古くから人々が氷河に穴を掘り、街を作って住んでいた。
しかし、そのほとんどが、文明の発達に伴う住人の移住によって、なくなってしまった。イッランは、現在にまで残る唯一の街だ。
足元には布が敷き詰められているが、壁は氷のまま。氷とは言っても表面から遠くなると太陽の光は届きにくいため、昼間でもライトがついている。外とは違い風はないものの、やはり極寒。厚手のコートを着込み、手袋もしていないと耐えられない。
マナ達はそんなイッランの通路を歩きながら、街の人に宿の場所を訪ねていた。
「すいません、宿はどこかにありませんか?」
大きな魚を引きずっていたおじさんは、マナにこう答えた。
「宿か。この街にはもうないな」
「一軒もですか?」
「ああ。自給自足で成り立ってる小さな街だからね。観光地にもならないし、人は減る一方だし」
ここにいる間もパンサーで寝ることになるのか。みんながそう思っていると、おじさんは通路の奥の方を指さした。
「この道をずっーと行くと、
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