第七章 守護獣の谷レポガニスと、大輪の幻術師、常紅薔薇 ルクスルーチェ

第42話 恋に落ちた二人?




 レポガニスに一番近い街、リルマへ向かう汽車の中。マナ達は、クロウとイヨと一緒に話し込んでいた。


「あの呪術使いが使っていたのは、私達の故郷アキツくにに伝わる『影術かげじゅつ』というものです。薄影、影、漆黒の三種類があって、用途によって使い分けます。薄影は、広く薄くのばして何かを探知したり、体にまとわせて幻を作り出したりします。普通の影は、しもべとなる人形にできます。漆黒も人形になるのですが、普通の影とは比べ物にならない程の攻撃力や再生能力があります。ただ、術者の感情に深くシンクロするので、感情が高ぶるとコントロール不能になることもあります」


「原動力は何だ? 気か?」

 イヨによるメイの影術の説明に、ヒビカは興味津々だ。


「いえ、人間の恐怖心や、恨みや悲しみなどの負の感情です。あの呪術使いの影術が強力だったのは、シンシアさんとヤーニンさんが彼女を強く恐れていたということも大きく影響していると思います」

「ということは、術者一人でいる時には使えないということか?」


「実は、そうとは限りません。特殊な術式を用いれば、遠く離れた場所から負の感情を送り、影に使う事もできます」

「なるほど。影は負の感情を『消費』するのか?」

「いえ、写し取るだけです。それが影の恐ろしいところです。簡単に増やせますが、簡単には消せないんです。アキツ国でも、限られた者しか使えません」


 隣に座っているカンザが、イヨに体を寄せた。

「お前さん、さすがに詳しいな。一国の王子の従者だけある」

「え……どうも」

 イヨは恐縮しているのか怖がっているのか、カンザの顔を真っすぐ見ずにお辞儀した。


「ねえ、クロウ君は、何のために旅してるの?」

 クロウはマナの向かいに座っている。座席に座ると足が下に付かないどころか、膝すら曲げられないほど体が小さな彼は十二歳。親元を離れて世界中旅しているというのは驚きだ。

「僕の父上が若い頃に残した『爪痕つめあと』に、上から僕の爪痕を残すために旅をしてます」

「爪痕?」

「特殊な印で作った結界の中に、気を練って爪を立てると、そこに気がとどまり続けるんです。それが爪痕です。父上はそれを利用して、後々アキツ国の棟梁になる僕に、若い頃自分が旅した場所を巡らせてるんです」

「へえ……王様になるための通過儀礼ってこと?」

「はい」


 マナに続いてコッパが聞いた。

「お前ら二人とも、獣人だろ? 何の獣人なんだ?」

 イヨが「ちょっと!」と顔を起こして言う。

「私はいいですけど、若様のことを『お前』とは……」

「イヨ、いいってば。僕は別に」

 そう言ったクロウにキッパリ「ダメです!」とイヨ。

「いいですか若様。若様はいずれアキツの棟梁になられるんですよ? 国外の人民からどう扱われるか、何を許容するかは国の命運を左右するんです。もう少し自覚を持ってください!」

 しょんぼりするクロウ。コッパが「で」と再び。

「何の獣人なんだよ」


「僕はウシ」

「私は二又猫ふたまたねこです」


「ほほう」とカンザ。

「猫か。お前さん、人型でも可愛らしいけど、獣型も可愛らしいじゃねえか」

 またしても「どうも……」と顔を伏せるイヨ。ヒビカが「二又?」とつぶやいた。

「二又猫とは、東の国の伝承に出てくる、尻尾が二つに分かれた猫か? 獣人というのは、単純な獣だけではないのだな」

「人間のみなさんは勝手に獣人と呼んでますが、私達は『あやかし』です。獣とは違うんです」

「へえ、そうなのかい。こりゃあ、ザハの奴がいたら大興奮だろうな。別の客室で可哀想だ」

 そう言って笑うカンザ。ザハはカンザと同室になるのを拒否したため、この部屋にはいないのだ。



「タブカさん、ホントにもういいんっすかぁ? せっかく俺らが派遣されたんだから、もう少し休んでりゃぁいいのに」

 パンクがそう言うと、タブカは「ああ」とうなずいて怪我をしていた足を軽く叩いた。


「もう足もかなり良くなったし、お前たち二人だけだと不安だからね。元帥閣下にも言われたんだよ」

「チッ、何だよ。元帥閣下まで俺らのこと……」

 パンクをバンクが肘で突いた。

「舌打ちなんかしたらダメだよ。仕方ないじゃないか、僕達はまだ未熟なんだから」

「けどよォ……」

「もし元帥閣下や大将閣下方に認められたいなら武功を上げなきゃ。レポガニスで、二人で頑張ろう」


 本を読んでいたザハが顔を上げた。

「バンク君、武功というのは戦いで上げるものだろう? 君たちの任務はマナ君の護衛だ。むしろ戦いが起こらないようにするのが、仕事じゃないのかい?」

 そう指摘されてバンクは慌てふためいた。

「す、すいません! 不謹慎な事を」

「マナ君がいなくてよかったね」

 軽く笑って読書に戻るザハ。バンクは頬を赤らめながら、廊下へと顔を出す。そのバンクをパンクが「おい」とつつく。


「マイ・ザ=バイからずっと気になってたんだけどよぉ……お前さぁ、マナさんに惚れてんだろ」

「なっ、ななな、何言ってるんだよ! そんなわけ……」

 顔を真っ赤にして怒るバンクを見てパンクは大笑い。

「分かりやすすぎんだよお前は。一目惚れだろ? マナさんにも気付かれるぞ」

「惚れてないって言ってるだろ!!」

 バンクが大きい声を出して怒っても、パンクは笑うばかり。タブカもうっすら笑っている。


「バンク、任務が終わるまでは、手を出しちゃダメだよ」

「何を言うんですかタブカさんまで!」


 客室の扉がガラッと開いた。顔をのぞかせたのはシンシアだ。

「タブカ、これから私とヤーニンは食堂に行って昼食を食べてくる」

 タブカは腕時計を確認し「分かった」と返事をする。シンシアはヤーニンと二人で廊下を歩いて行った。


「……ヒビカ大将は、なんであの二人だけで客室使う事を許したんだろう」

 バンクは不満そうにそう言った。

「犯罪者なのに。いつ裏切るかだって分からないし。甘すぎるよ」


 それをタブカが諭す。

「ヒビカ大将は甘くないよ。マイ・ザ=バイで二人に注射を打っていたのは見たか? あれは海軍が使う特殊な薬剤で、あれを打たれると一、二年の間は、海軍のアーマーレーダーで位置を把握できる。あの二人はもう、ジョイスを助けた後も逃げられないのさ」


 タブカの話を聞いても、バンクはどうもスッキリ納得がいかない様子だ。

「それも、陸軍に主導権を握らせないって狙いもあるんじゃないですか? 僕、ヒビカ大将はあんまり信用できないです」

「まあ、そういう狙いは確かにあるだろうね。それくらい策略が練れないと、男社会の軍隊で女が登り詰めることはできないんだろう。僕達が敵う相手じゃないよ」

 笑いながらそう言うタブカ。さらに「ところで、パンク」と話の相手を変えた。

「え、何すか?」


「お前今、顔が赤くなってたぞ」


「えっ、な、何のことっすか?!」

「シンシアなら、任務中でも手を出して構わないぞ? ……いや、ダメか。犯罪者だからな」

 タブカが笑う横でバンクは本気で怒りをあらわにした。

「君は、僕をマナさんのことでからかっておきながら、自分はあんな犯罪者を!!」

 対称的にザハは声を上げて笑った。

「顔がそっくりなうえに恋に落ちるタイミングまで同じ! しかし好みは全く違うとはね。これは素晴らしい」


「ぼっ、僕は別に恋になんか!」

「落ちてねぇって!」



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