第41話 行先変更




 下にいるマナからも見えるほどの赤いしぶきが上がった。ヤーニンがリスをつかんだまま、真っ逆さまに落下していく。少し離れた所でシンシアの叫び声が響いた。

 しつこく機関銃を撃つデメバード。タワー全体が激しく揺れ、イヨが振り落とされた。


 駆けだしたシンシアに、ヒビカの放った衝撃波が直撃。シンシアは壁に打ち当たって倒れた。すぐにヒビカが取り押さえる。

「離して! ヤーニンが!」

「諦めろ!」

「いやああああっ!!」


 マナは崩れ落ちている回転木馬の屋根をくぐり、ヤーニンのそばに駆け寄った。血まみれだが、微かに胸が動いている。マナはすぐにランプを前に抱いた。


「タブカに使わなかったのに、コイツに使うのか?」

 マナの耳元でコッパがささやく。


「……うん」

「だからオイラはお前が好きなんだ。シンシア、泣き叫んでたぞ。すぐ助けてやろう」

 ランプの中でこげ茶色の灯が大きく光った。マナがヤーニンの身体に手をかざすと、傷口が塞がっていく。




「ええい、忌々しい!」

 メイが杖を振ると、漆黒がはじけて黒いスズメの群れになった。スズメたちはメイを包み込むと、デメバードをかわして飛び去って行った。




 ヤーニンの傷口は全て塞いだ。呼吸も少しずつ大きく、穏やかになってきている。ふと気づくと、ヤーニンの頬のそばでトトカリが心配そうに臭いを嗅いでいた。

「トトカリ、この子はもう大丈夫」

 トトカリはマナの言葉を聞くと、なあんだ、といった具合に体をパッと起こし、ぴょんと飛び退いて、背中を見せて振り返った。

「……え、まさかまだ鬼ごっこ? ち、ちょっと待って!」


 トトカリが走り出そうとした時、その背中に虹色が渦巻いた。コッパがトトカリにしがみついて抑え込んだのだ。

「捕まえたぞ。お前、いい加減にしろよ。こんな大騒ぎ起こして!」

 トトカリはキキッと鳴いた。

「コッパ、何て?」

「ごめんって。最高の鬼ごっこで、心底楽しんだそうだ」

「そっか。よかったよ。今まで寂しかったんだよね。他の動物がいないこの列車で、一人ぼっちだったんだもん」

 マナがそう言ってトトカリに笑顔を向けると、ランプにグレーの灯が灯った。


「僕を捕まえたご褒美、だとさ。コイツ、異次元空間へのちっちゃな窓が開けるらしい。だからスッと消えたりしてたんだ」

「ふふっ、なるほど。でも、それってちょっとズルじゃない?」

 マナが笑顔でそう言うと、トトカリはカリカリ頭を掻いた。

「だからあんまり使わなかったよ? だと。言い訳がましいな」



 シンシアが飛び込んできた。腕を縛る縄は後ろでヒビカが持っている。

「ヤーニン! ヤーニン!」

 取り乱してヤーニンの名を叫ぶシンシアの肩を持ち、マナは言い聞かせた。

「大丈夫、生きてるよ。心配ない」


 シンシアはゆっくりヤーニンのそばに膝をつき「よかった」とつぶやいた。パンクとバンクも回転木馬の屋根の下に入ってきた。

「マナさん、どうっすか? そいつ生きてます?」

「すいません、呪術使いには逃げられてしまいました」



 シンシアの呼びかけでようやく目を覚ましたヤーニンが体を起こした。パンクがすぐに縄を持って近づこうとしたが、それを遮るようにヒビカが前に出る。

「私がやろう」

 ヒビカが手早くヤーニンの手を縛った。シンシアが捕まっている事とメイが逃げた事を聞いたからか、ヤーニンは全く抵抗しなかった。


 屋根の外でギャリギャリ……と床をこするような音が聞こえてきた。バンクが「うわ」とつぶやく。

「あのキャタピラ音、多分だよ。元帥閣下が乗ってないといいな……」

「エラスモ?」とマナが言うと、ヒビカが立ち上がりながら答えた。

「陸軍の最新式重量戦車だ。こんな屋内で走らせたら、床が傷むだろうに」


 崩れた屋根の向こうに、角ばった無骨な形をした深緑の戦車が見えてきた。扉が四つ、大きな砲が一つと機関銃が二丁ついている。

『乗ってないといいな』というバンクの願いむなしく、エラスモからはジェミル陸軍元帥が降りた。中将か大将とみられる将校を四人引き連れ、屋根をくぐってこちらに来る。パンクとバンクはすぐさま敬礼。

 ジェミル元帥は二人に「うむ」と手を軽く上げると、すぐにマナの名を呼んだ。

「マナさん。忠告しましたね、危険だと。三人のうち一人は取り逃がしてしまったとか。いい加減、ランプは我々に預け……」


「閣下!!」

 ヒビカが、シンシアとヤーニンの縄をマナに持たせて、ジェミルに詰め寄った。


「これは一体何事ですか! こんな場所に、ガンボール三機にエラスモ、挙句の果てにデメバードまで呼び出して機銃掃射とは! 一般市民の死傷者が出たらどうするおつもりです!」

 ジェミルはヒビカをギロッと睨み付けた。

「死傷者は出ていない。海軍の君から、我々の作戦をとやかく言われる筋合いは無いな。立場をわきまえろ」

 ヒビカはぐっと歯を噛みしめ、拳も握りしめた。


「さて、その二人を連れて行け」

 ジェミルがヤーニンとシンシアを指さし、パンクとバンクが歩き出そうとすると、ヒビカが「待て!」と止めた。それをジェミルが鼻で笑う。

「今、立場をわきまえろと言ったばかりだろう。君にそんなことを命じる権利は……」

「二人を捕らえたのは私です」


「な、なに?!」とジェミル。パンクが「あっ、しまった」と顔だけで言い、バンクがパンクの頭を軽くはたく。


「マナの護衛任務中に襲ってきた二人です。いずれそちらに引き渡すことにはなるでしょうが、まずは海軍で取り調べをさせて頂きます」

 ジェミルは目元をヒクつかせた後、「よかろう」と小さく言うと、四人の将校を連れて戻って行った。


「……ヒビカさん、ズルいっすよぉ……」

 パンクがそう言った。ヒビカは少しあっけらかんとした空気で答えた。

「別にハメたわけではない。偶然こうなっただけだ」

「またまたぁ」


 バンクはマナに手を貸して立ち上がらせた。

「マナさん、また鬼ごっこの続きですね」

「え? ううん。トトカリはもう捕まえたよ。ほら……あれ?」

 マナが振り向くと、トトカリはいつの間にかいなくなっていた。



 ゴチッと言う音が聞こえた。ヒビカの足元だ。シンシアが土下座して頭を床にぶつけたらしい。


「お願い、ジョイスを助けて。私はどうなってもいい。処刑でも何でも。だから、ジョイスを助けて……お願い」


 懇願するシンシアの隣でヤーニンも土下座した。

「私も、どうなってもいいです。お姉ちゃんを助けてください。ジャオの砦に捕まってるんです。早く行かないと殺されちゃう。場所は教えます。お願いします」


 ヒビカは腕をこまねいた。

「私としてもジョイスは捕らえたい。さっきの呪術使いも、黒幕もだ。だが私はマナの護衛任務中。それに、もし他の海軍兵にお前達を引き渡したら、間違いなくジョイスのことより、お前たちの取り調べを先に行うだろう。時間切れになる。つまり」

 眼差しを向けられ、マナはドキッとした。


「マナ。お前の旅の行先次第だ。意味は分かるな?」


 シンシアとヤーニンがすぐにマナの方にきて、また土下座をした。

「お願い。これまでの事は、一生かけて、謝って、償う。私はあなたに殺されても文句は言わない。だからお願い……ジョイスを助けて。お願い!」

「私も殺されてもいい! お願いします!」


「……場所はどこ?」

 マナがそう言うと、シンシアが潰れそうな声で「ありがとう」とつぶやいた。ヒビカが「まだ何も始まっていないぞ」と言いながら、地図を広げる。


「えぇ、マジっすか?! 本当に助けるんすかぁ?!」

「犯罪者ですよ?」

 驚きを隠せないパンクとバンク。


「勘違いするな。助けるわけではない。捕まえに行くだけだ。マナの護衛のついでにな」

 ヒビカがそう言うと、バンクがマナの近くに膝をついて聞いた。

「マナさん、本当にいいんですか? あなたを襲ってきた相手なんですよ?」

 マナが答えるより先に、コッパがマナの肩に飛び乗り、バンクの鼻を指でグイッと押し返した。


「しつこいぞバンク! お前はただ護衛についてるだけだろ。マナの旅路に文句付ける気か?!」

 バンクは鼻をさすりながら考え、頭を下げた。

「コッパの言う通りでしたね。申し訳ありません」


「ジャオという名前には聞き覚えがあるな。売春斡旋や麻薬、密猟品や武器の密輸、その他様々な闇ビジネスを展開する、世界最大の犯罪組織のボスだ」

 ヒビカは、地図を最大に広げて、シンシアとヤーニンに見せている。

「そうです」と言いながら、ヤーニンが地図の一か所を指さした。

「ここか……面倒な場所だな」


 マナも地図を覗き込み、ハッとした。何の偶然かは分からないが、ここはマナの地図にも、行先の一つとして印がついている場所だった。



「カンザ! 君は本当に、どこまで役立たずなんだ! ろくに歩けないタブカ君に肩も貸さないどころか、会っていきなりイヨ君を口説きにかかるとはね!」

「ここには医療施設が整った車両もあるんだ。俺が出しゃばる必要はねえだろ」

「またその理屈か!!」

「まあまあザハさん、僕は大丈夫ですから」


 どやどやと入ってきた旅の仲間たちに、マナは「みなさん!」と大きく声をかけた。



「行先を変更します。盃の湖ミュノシャは後回し。次に向かうのは、守護獣の谷、レポガニス!」



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