第4話 マナのランプとジョウの夢




 静かな山の中腹で三人ともキャンプ。ジャゴが見えなくなるまで見送っていた結果、ジョウは帰れなくなってしまったのだ。

 ライトがないジョウの車は、夜の山道を走れない。歩くのも危険だ。


 ピピピピピ……とライターボックスが電子音ででき上がりを知らせる。ふたを開けるとすぐ、鶏肉とトマトのスープのいい匂いがあたりに立ちこめた。これと硬めのパンで夕飯だ。

「よかったー。きちんと直って」

 マナがスープを皿によそう。コッパが「早く早く」と急かしてもあまり気にする様子はない。


「苦戦したよ。相当あちこちいじってあったからね」

「ごめんね、知らなかったの。通常料金に少し上乗せするから」

 マナがそう言うとジョウはすぐ「いい、いい」と返した。

「久々に気持ちが乗る仕事だったよ。それに、今日はいいモン色々見せてもらったし」

「ジャゴ、すごかったね。生命感にあふれてて、おおらかで。種を湖に連れて行くなんて、素敵だよね」


 コッパがくちゃくちゃパンを噛みながら付け加える。

「あの種は芽が出るまで二十年以上かかるんだとさ。湖でジャゴの身体から落ちた後、川を流れて海へ行く。どこかの島か大陸まで流れ着いて、初めて芽吹く」

「そんなに……」

 ジョウが思わずそうこぼすと、コッパは得意げににやりと笑った。


「これだけじゃ終わらないぞ。そうやって芽吹いても、一代目の木は短命なんだ。海、つまり塩水を吸って育つからな。だけど、塩を吸って育った木は種を風で飛ばすことができるようになる。風に乗って内陸まで種を飛ばし、渇いた土地でだけ発芽して、二代目の木が森を作るんだ。そして森は、土に雨水を留め、巡らせ、葉を落として耕し、何百年もかけて他の植物や生き物を育てる。そして次の場所へ種を送ると、徐々に朽ち果てる。残るのは他の植物や虫、動物が暮らす豊かな森だ」


 ジョウは一旦言葉を失った後、マナに聞いた。

「なあマナさん、このゲルカメレオン一体何? 言葉は話すし知識まで持ってるし」


「オイ人間!」

 コッパがジョウに小石を投げつけた。


「オイラの事は名前で呼べって言っただろ。聞きたいことがあるならオイラに直接聞け!」

「あ……ああ、悪いコッパ。お前、何で話せるんだよ。それにその知識も」

 拭えない違和感を覚えながらも言われたとおりにしたジョウに対して、コッパはべろんと長い舌を出し、下の瞼をクイッと引っ張った。


「コッパ! 意地悪しないでちゃんと教えてあげなよ」

 マナにスープの皿を取り上げられ、コッパはケララッと笑って見せた。


「何で話せるのかはオイラもよく分からない。物心ついた時から話せるからな。種と森の話は、さっきジャゴから聞いただけだよ」

「へえ……。俺はてっきり、あのランプ型のアーマーが絡んでるのかと思ってたけど」


 マナは「コレ?」とランプを取り出して見せた。夜の暗闇の中、明かりは焚火に任せてランプはほとんど光っていない。


『ほとんど』だ。何色かの小さい火の玉が、ランプの中でクルクル飛び交っている。


「それ、何?」

「これはね、霊獣のともしびを分けてもらうランプなの」

「ともしび?」


「そう。生き物はみんな、命の灯を持ってるの。霊獣の灯は他の生き物の灯をもっと大きくなるよう、温めてくれるんだよ。ほら、この真っ白な灯、見てごらん。これがジャゴにさっきもらった灯」

 マナはランプに指をあてた。白い火の玉がスッと寄って来てガラス越しに指に触れる。


「私がジャゴの幸せを願って、ジャゴが受け入れてくれると、こうやってランプに灯るの」

「綺麗だな。灯が集まるとどうなるの?」


「別に何も。私とジャゴの心の繋がりを目で見られるっていうだけ。私にはそれが最高に幸せなの」


 マナはにっこり笑ってランプをしまった。


「私はその幸せをいろんな霊獣と分かち合いたくて、世界中旅してるんだ。ジョウ君は、車が好きなの?」

 マナが指さした先をジョウは思わず追う。先にあるのはもちろん、ジョウの車だ。


「ああ。まあね」

「本当に好きなんだね。必要な部品集めて全部自分で作るなんて。日用品のアーマー工房にいるのに」


「うん……。うちも、昔は乗り物も扱ってたんだよ。でも優秀な職人は、どんどん軍に徴用されて。今、空軍が新設されるって大騒ぎになってるだろ? ファルココからも、乗り物に詳しい職人はどんどんいなくなっててさ」


「へえ、そうだったんだ。ジョウ君の夢は何? レーシングカー?」

「いや、一番好きなのは飛行機。いつか自分の手で作りたいんだ。ラジコンとかは何個も作ってるんだけど」


 ジョウが夢を人に話したのは、初めてだった。マナの優しげな雰囲気に、自然と話してしまう。


「でも、うちにはもう乗り物に関して詳しい職人はいなくなっちゃったんだよな」

「そっか。じゃあ、私めちゃくちゃ運が良かったんだね。偶然ジョウくんにライターボックスお願いできて、車でここまで送ってもらえたんだもん。ありがとう」


 純粋に仕事で言われる「ありがとう」より実感のこもった「ありがとう」だ。何年振りか分からない言葉にジョウは恥ずかしくなり、顔を赤くして「うん」とだけ答えた。




               *




 マナとコッパがテントで寝る傍ら、ジョウは車の椅子を倒して寝袋に潜り込んでいた。だが、眠れない。

 今日見た大山羊ジャゴの事は一生忘れないだろうが、それよりもジョウは、マナの笑うような悲しむような不思議な表情が気になって仕方がなかった。


 あの女の人は、どうしてあんな顔をしたのだろう。



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