第3話 ナポ山中腹にて。ひと時のふれあい




 ナポ山は高さ十二キロ、裾野は半径百キロを越える巨大な山だ。ファルココも厳密にはナポ山の一部の台地にある。

 中腹であるこの辺りもなだらかなため、歩くのには苦労しない。


 マナとジョウが歩き進めて五分もしないうちに、聴こえてくる足音はどんどん大きくなり、地響きもはっきり知覚できるほどになった。


「すごい足音だな。マナさん、そのヤギって襲ってきたりしない?」

「大丈夫だと思うよ。多分ね」

「多分?!」

「おい二人とも! そろそろ丘の上から見えるぞ」

 コッパが視線の先にある丘を指さした。ナポ山の中腹の台地の上、なだらかな丘の向こうから、巨大なヤギがゆっくり姿を現した。

 すぐに走り出したマナをジョウが慌てて追いかける。


「なあマナさん! 本当に大丈夫なのかよ!」

「襲われるのが怖いなら、静かにしてろ!」

 マナの頭の上からコッパが振り返って叫んだ。


 ヤギは近くに寄ってみるとさらに大きかった。高さは十メートルを越えているだろう。体毛は確かに真っ白く輝いている。

 マナ達はヤギの隣に走り寄り、一緒に歩き始めた。


 マナは背負っていたリュックを前に抱え直し、ぶら下げていたランプを外した。続けて被さっていた布をめくる。中には水色の火の玉とオレンジ色の火の玉がグルグル飛び回っていた。

「マナさん、さっきから気になってたんだけど、それ何? アーマーだよな?」


 ジョウに質問されるとマナはニコッと小さく笑った。

「それは後でね。コッパ、挨拶してきて」

 コッパがひょいっとヤギの身体にしがみつき、スルスルと登って行った。耳まで登り、何かささやいている。


 マナはヤギに並走しながら声をかけた。

「私の名前はマナ。会えて嬉しいです。お名前教えてください」

 ヤギの耳元でコッパがささやくと、ヤギが鳴いた。「ブオオオ」と、まるで巨大な笛が鳴っているようだ。

「『ジャゴ』だって」と通訳するコッパ。


「ジャゴ!」マナが大声で呼びかける。

「あなたに会いたくてここまで来たの。私が思ってたよりずっと大きな体でびっくりした! 毛皮も角も素敵! 触ってもいい?」


 コッパがジャゴの耳元でささやくと、ジャゴは蹄をドシンと打ち下ろし、歩みを止めた。急にあたりが静かになった。


「乗れってさ!」

 コッパがそう言うと、マナは顔いっぱいの笑顔で「ありがとう!」とジャゴに飛びついた。

「ほら、ジョウ君もおいでよ!」

 ジョウは反射的にマナに続いた。ジャゴの毛皮は、ふわっとジョウの手を受け止め、奥にあるはずのジャゴの身体の感触は分からない。

 本当に衝撃を一切通さないのかもしれない。表面には草のツルや葉っぱ、萎れた花や木の実があちこちに引っかかっていた。


「ジャゴ、ありがとう。ふかふかで立派な毛皮だね。あなたの背中に乗せてもらったこと、私絶対忘れない。お礼に、毛皮に引っかかってるゴミのお掃除させてくれる?」


 またコッパが通訳。

「ダメだって。ゴミじゃないって。この先にある湖まで種を運ぶらしい。それがニッタラ……何とかって森との約束なんだってよ」

「そうなの?! あなたの旅が森や湖を支えてるんだ」


「お礼はいらないとさ。どこかに行きたいならこのまま乗って行けって」

「ありがとう。でも、私たちが一緒にいられるのはここだけなの。遠くからジャゴの幸せを願ってるからね」

「ありがとうだってよ!」


 地面に下りた三人は、ジャゴが大きな蹄の音を立てながらも静かに歩いていくのを黙って見送った。



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