第2話 大山羊ジャゴがやってくる




「あー、ダメだぁっ!」


 部品を散らかしたまま、頭を抱えるジョウ。このライターボックスは、あちこちパーツが交換されており、正規品とはだいぶ違う構造になっていた。


「マナさん、これ中古だよな? どこをどう改造したか分かります?」

「知り合いから譲ってもらったんだけど、私は詳しくないから分からないな」


 ジョウは「うーん!」と髪の毛をボリボリ掻いた。

「そうなると改造カ所を確認しながら直さないとな。悪いけど時間かかるよ。急いでるって言ってたよね?」

「うん。午後二時にナポ山の中腹に行きたくて」


「はあ?!」と大声を上げながらジョウは壁の時計を見た。もうすぐ十二時半になる。

「ここからだと徒歩で二時間はかかるよ?」

「えっ? バスで一時間って……」


「古い観光ガイド見たな?! 今はトンネルがあって、バスは中腹には行かないんだよ。行くなら自分の足で行くしかない」

「ええっ?! どうしよう!」

「仕方ない。マナさん、ついて来て」

 ジョウはライターボックスと部品、工具を乱暴にカバンに押し込み、工房を飛び出した。


「どこに行くの?」

「俺の家だよ。車で送ってやる!」




 工房から走って五分ほど。ジョウの家の前に停めてある車を見て、マナは「えっ」と足を止めた。

「ちゃんと走るの?」

 マナの不安も当然。これは車であることは確かだが、屋根がないどころかエンジンや車軸その他むき出しで、無理やり椅子をくっつけてある。パッと見、スクラップだ。


「任せとけって。バスで一時間なら、俺の車で四十分ってとこだな」

 ジョウはマナが後ろの席に乗ったことを確認すると、一気にアクセルを踏み込んだ。

「うわっ」とひっくり返りそうになりながら、マナが慌ててジョウにしがみつく。


 バルバルと鳴り響くエンジン音の中、マナは大声を張り上げた。

「ねえ、この車、ひょっとしてあなたの自作?!」

「そうだよ!」

「公道走って平気なの?!」

「平気だよ! 警察に見つからなきゃね!」

「ええっ?! ちょっと……」

「急ぐんだろ? 黙ってつかまってろ!」




               *




 目的地、ナポ山の中腹。ここには大昔使われていたらしい天文台がある。車を止め、マナとジョウは降りた。


「間に合った! ありがとう、助かったよ。何回か死ぬかと思ったけど」

「いいや。俺も久々に思いっきり運転できて楽しかった。ライターボックスはここで直すよ」

 ジョウはカバンを開け、荷物を広げ始めた。


「よろしくね。それ直らないと晩御飯抜きになっちゃうから。さてと、コッパ!」

 車に置いてある荷物の上で、虹色が渦巻き、コッパが現れた。


「あれ、ゲルカメレオンじゃん! こいつ……」

「臭いはしないな。間に合ったみたい」

「ええっ?!」と目を見開いて驚くジョウ。

「しゃ、喋った?!」


 コッパはじとっとした視線を送りながらジョウの横を通り抜けていく。

「オイラはコッパ。オイラに『人間』って呼ばれたくなきゃ、ちゃんとオイラを名前で呼んでくれよな」


「全然臭いしない?」

 マナが手を差し出すと、コッパはするすると登り、マナの頭の上に顎を乗せた。

「しないな。方向考えるとこっちは風下だから、近くなら臭ってくるはずだし、通った後なら地面に臭いと足跡が残ってるはずだ」



 密林に住むゲルカメレオン。図鑑や絵本で見る機会はジョウにもあったが、この動物は生息数が少なく、生きているものにはめったにお目にかかれない。

 しかもコイツは人の言葉を喋っている。



「なあマナさん、あんた一体何者? 何しにここに来たの? 臭いって?」

「えーっと、あなた、名前は?」

「ジョウだよ。アーマー職人」

「ジョウ君ね。臭いっていうのは、ヤギの臭いのこと」

 マナはジョウの隣に腰を下ろした。


「ヤギ? ヤギの臭いなんかしたから何だっての?」

 コッパが「フフン」と得意そうに笑った。

「無知だなジョウ。ただのヤギじゃない。霊獣だよ」

「霊獣?」



「この世界にはな、大昔、女神様から命を分け与えられた聖なる獣がいるんだ。そのうちの一匹、この大陸を十年かけて移動するでっかいヤギが、今日ここを通る。そいつに会うためにオイラ達は来たんだ」



「へえ……でっかいヤギねえ……」

「ただでっかいだけじゃない。その毛皮は白く輝き、

 ジョウは「ハハッ」と笑った。

「おとぎ話じゃあるまいし、そんなヤギいるわけねえじゃん」


「ジョウ君、信じたくないの?」


 マナが笑顔をジョウへ向けた。……いや、笑顔と言えば笑顔だが、目は泣いているようにも見える。優しさと同時に何か悲しみを宿したマナのその表情に、ジョウは妙に心を揺さぶられた。


「だって、火も銃弾も耐える毛皮なんて……」


「私は、自分が素敵だなって思う事は、確かめるまで信じることにしてるの。そんなヤギがいたら素敵だって思わない?」


 もちろん、もしそんな毛皮があれば、アーマーの可能性だってぐんと広がる。人類の様々な夢も叶うだろう。まさに夢物語。

 ジョウはやはり信じられなかった。

「まあ、素敵だろうねえ」


「信じるのが恥ずかしい?」

「え?」

「そんなの信じるなんて、馬鹿みたい。ガキじゃあるまいし……とか」

 また、さっきの表情だ。笑顔なのに、どこか悲しみをたたえている顔。

「いや……俺は別に……」


 コッパが「静かに」と手を振り、尻尾を立てた。

「かすかに聞こえたな。足音かも。マナ、ジョウ、そこ動くなよ」

 そう言うと、コッパはぴょん、と地面に降り立った。


「……間違いない。地面も揺れてる。これなら臭い嗅ぐまでもねえな。けど、こんな岩だらけの山が振動するってのは、こりゃ想像以上の巨体だぞ」

「ホントに? 方向分かる?」

「ああ。あっちだ」

 コッパは夕日を背にして、台地の奥の方角を指さした。マナはすぐにリュックを背負った。括りつけられたランプがカランと鳴る。


 布がかけられて中が見えないそのランプに、ジョウは興味をそそられた。形の特徴から見るにアーマーだが、メーカーも生産地の見当もつかない。

「ジョウ君、どうする?」

 振り返ったマナとジョウの顔が、はっと合った。



「信じてついてくる?」



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