ランプ -Mana's adventure-
ロドリーゴ
第一章 アーマー工房の街ファルココと、山岳の配達人、大山羊ジャゴ
第1話 マナとコッパ、ファルココ到着
標高二千メートルを越える高原の街、ファルココ。駅に停まった大きな汽車から何百人と乗客が降りる。再会を喜ぶ声や駅員を呼ぶ声、駆け回る子どもに、それを追う親、降ろされる大小さまざまな貨物の数々。駅は大賑わいだ。
「私の荷物をお願いします」
貨物車両から荷降ろしをしている駅員に番号札を渡す、マナ。栗色のミディアムヘアを揺らしながら、駅を見渡している。初めて来る街では、いつも嬉しい気持ちでそわそわして、やたらとあっちこっち頭を振ってしまう。
「ボウ、ボウ、ボウ……」
頭の上の方からハトの鳴き声。天井を見上げると、吊り下げられた歯車だらけの巨大な時計にハトがたくさんとまっている。
見たところマナの故郷にいる『カンジョウバト』に似ている。彼らは時計のように一時間ごとに鳴く習性を持っていて、時計がない場所でも時刻を知る助けになる。
おそらく、午前十一時の鳴き声だ。あの大きな時計は遅れているのだろうか? マナがそう思ったところで、時計の鐘がゴーン! と大きな音を鳴らし始めた。
アタッシュケースを受け取り、改札へ向かう。十一階建てという巨大なファルココ駅、マナは乗っていた汽車が止まった六階から、一階直通のエレベーターに乗った。
建物の外を観覧車のようにゆっくりと弧を描きながら、エレベーターが降りていく。壁はガラス張りで、ファルココの街を一望できる。あちこちの建物にある煙突からは、白い煙がモクモクと出ていた。
一階に降りてくると、もうすでに白い蒸気で辺りがうっすらとかすんでいた。歩くマナのそばで、たくさん荷物を載せた小型汽車のような『アーマー』が、ブシュゥッ! と蒸気を噴き出した。思わず「うわっ!」と小さく叫んだマナに、運転手が「ごめんよ」と言い残し、汽車アーマーを走らせていく。
改札付近は混雑する。マナはリュックから取り出し済みだった切符をサッと駅員に手渡し、同時に聞いた。
「すいません、アーマー工房に行きたいんですけど、どこにあります?」
駅員は切符を受け取ると「ははは」と笑った。
「お嬢さん、ファルココは石を投げりゃあ工房に当たるよ。どんなアーマーの工房に行きたいの?」
駅を一歩出ると、建物という建物に工房の看板が下がっていた。アーマー工房の街とは聞いていたが、まさかここまで多いとは。工房じゃない建物の方が少ない。
『アーマー』とは、現代人とは文化的に断絶している古代から、ほぼ唯一受け継がれた技術。水を燃料とする準永久機関を用いた道具の総称だ。
車やバイクといった乗り物から、冷蔵庫やテレビなどの生活用品まで様々な物があるが、元々兵器として用いられた歴史から、アーマーという呼び名が定着している。
火を使うアーマーならここ、と駅員に勧められた『ゾグ』という工房にむけ、マナは荷物をゴロゴロ引きずりながら歩き始めた。
「コッパ、ちゃんとついて来てる?」
マナが視線を左右に振りながら呼びかけると、引っ張っているアタッシュケースの上に、虹色の光が渦巻き、徐々に紺色の塊となった。
「ここにいるよ」
『ゲルカメレオン』のコッパ。体の色を自在に変えられる彼は、目を離すとすぐにどこにいるのか分からなくなってしまう。
「もう。そうやって気まぐれに姿消してると、私気付かず置いてっちゃうからね」
コッパは荷物からぴょんとマナの背中に飛び移ると、頭の上に登った。
「オイラぁ繊細なんだ。もしもその辺のガキんちょがオイラを見て『あーかわいいー!』とかピーピー騒ぎ始めたらどうなる? 目ぇつっつかれて、手とか尻尾とかグイグイ引っ張られるんだぞ。たまんねえよ」
「平気だよ、この街そんなに子供いないから。頭に登るのやめてよ。重い」
コッパは鼻を「フン」と鳴らし、マナの肩まで降りてきた。
「なあ、腹減ったよ。どっかで
「ダメ。そんな時間ないよ。午後二時にはナポ山の中腹にいなきゃいけないんだから。モタモタしてたら、会えなくなっちゃう」
「じゃあどっかでリンゴ買ってくれ」
マナは腕時計をチェックした。もう十一時半だ。
「途中で売ってたらね。まずは早く工房見つけて『ライターボックス』修理してもらわなきゃ。ナポ山で晩御飯抜きのキャンプなんて嫌でしょ?」
*
「ジョウ! ちょっとこっちに来い!」
ゾグの親方に呼びつけられ、座って椅子を揺らしていた下っぱ職人のジョウは、だるそうに立ち上がった。
「なんですかぁ?」
「また苦情だぞ! お前の直した手回し花火、使おうとしたら破裂したってな!」
怒鳴られてもジョウはどこ吹く風で、黒い髪の毛をボリボリかくだけだ。
「あー、八の字巻とゼロ巻間違えたかな? まあ、いいじゃないですか。手回し花火なんて、ただのおもちゃだし」
バチン! と親方のげんこつがジョウを吹き飛ばした。工房に道具や部品が崩れる音が響き渡る。
「バカ野郎が! ウチはもう、一般客の日用品の仕事しかねえんだぞ! お前のいい加減な仕事のせいで信用が落ちてウチ潰れたらどうしてくれる!」
下っ端としてはかなり腕がいいジョウだが、気分が乗らない仕事はとことんいい加減。こうやって親方に叱られるのは、いつものことだ。
「あの、すいません……」
マナの声で、親方は振り上げたげんこつを静かに降ろした。ジョウが「はーい」と親方を押しのけ、マナの元へと急ぐ。
「ファルココ駅員さんに、ここを紹介してもらったんですけど……これ、直してもらえますか?」
マナが差し出した箱にジョウが「おっ!」と飛びついた。
「マハ製二千式ライターボックス!」
「え、ええ。ライターボックス。直せますか?」
「いいモン持ってますねー! これって、煮るのも焼くのも、蒸すのも揚げるのも一つで全部できるヤツでしょ?」
興奮しているこの少年は十五歳くらいだろうか? ちょっと頼りないな。そう考えていたマナの耳元で、透明になっているコッパが小さくつぶやく。
「ガキじゃん。コイツに直せんの?」
マナは「しっ」と黙らせた。
「直せます?」
「全部できるのは二千式だけなんだよなあ。それ以降はレンジ機能つける代わりに蒸すのと揚げるのはできなくなっちゃって」
「へえ……直せます?」
「あ、しかも扉はガジェット製パーツに替えてある。分かってるなあ! これだけで調理時間十分は短縮できるからね」
「マニアだ。めんどくせェな。急いでるって言えよ」と小声でコッパ。
「あの、急いでるんですけど」
「え、ああ。どこが悪いんですか?」
「スイッチ入れても火がつかなくなっちゃって」
「パチパチって音はする?」
「音だけは。で、火花が散って……」
「ふーん……。まあ、多分すぐ直るよ」
ジョウはライターボックスを作業台まで抱えて持って行った。マナもそれについていく。背中から親方が「壊すなよ」とジョウに向けて声を上げた。近くにいる他の職人たちがクスクス笑う。
「大丈夫かよコイツ」
呟いたコッパをマナが「しっ」と黙らせた。
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