第70話 潜氷ペンギン セナ




 マロ達と別れ、イッランから十キロ程離れた所にパンサーが降りた。ここでセナのために捧げものをする。

 火を焚くために、森で落ち葉や枯れ枝をかき集めてライターボックスを使って乾かし、それを氷河の上で薬と交互に積んだ。窒息しないよう、テントは張らない。


「さすがに凍え死ぬかもしれないから、パンサーの暖房最強にして、ドアを開けておくよ」

 リズが持っていたマッチで火をつけた。これから寝ずに、セナを待つ。


「ねえコッパ、臭いか音かする?」

 コッパはマナの肩から降り、氷河の表面に耳を付けた。

「ちべてえ! 音はしないな。もちろん臭いも」

「そう……」


 それからしばらくの間、何の変化、音沙汰もなく時間だけが過ぎていった。




                *




「リズ君、もうすぐ午前零時だ」

 ザハがリズに腕時計を見せた。リズは周囲の景色をザッと見渡した。南極点に近いため、今この辺りは日が沈まない白夜だ。時間間隔が狂ってしまう。

「マナ君はもう、パンサーで休ませた方がいいんじゃないか? 交代で誰かが起きていればいいだろう」

 ジョウとパンクは、早くも我慢できなくなり、パンサーの中で寝ている。

「ああ、そうかもね」


 リズは火のそばに座っているマナの背中を軽く叩いた。マナが眠そうに頭を上げる。

「マナ、少し休みな。あたしが起きててやるから」

「うん。……もう少し」

 そう言うマナにコッパも助言する。

「時間を決めろ。あと一時間とか」

「分かった。じゃあ、もう……三時間」


 リズは隣にしゃがんでマナの顔を覗き込んだ。目が閉じそうだ。

「起きてられるのか?」

 そう言った瞬間、コッパが「しっ」と指を立てた。



「音がする。来るかもしれないぞ」



 一転して眠気が醒めたマナとリズが、供え物に視線をそそぐ。後ろのパンサーの方では、ザハが、ジョウとパンクを起こしている。




 少しすると炎の近くから、さぷん、と乾いた音を立てて、一羽のペンギンが現れた。ペタペタと歩いて備えてある魚の臭いを嗅ぎ、次にマナ達の方を見た。コッパが近づいて話しかける。すぐにマナの方に振り返った。


「セナだ」

 マナもゆっくり近づき、にっこり笑いかける。


「初めまして。私の名前はマナ。あなたに会いたくてここまで来たの」

「この魚は持っていっていいのかって」

「うん。イッランの長、アアマク・マロから貰ったの。あなたにお供え。氷の中を自在に泳げるなんて、すごいね」


 マナの後ろでは、リズとザハ、それに、起こされたジョウとパンクも、セナとマナの話を見守っている。


「お供えって言われてきょとんとしてるぞ。こいつは、ここに住んでる人達の物を預かって、氷の中に保管して貯蓄してるんだと。新しい物を渡されると、古い物を適当にみつくろって返すことになってるらしい」


「そうだったんだ。じゃあ、お返しでくれる物は、ずっと昔にここに暮らしてた人が、あなたに預けたものなんだね。なんだか、金庫を持った銀行みたい」

「魚の代わりに何が欲しいのか言ってくれって」

 マナは首を横に振る。

「それはあなたにあげる。これからもイッランの人達をよろしくね」


 セナは、マナのリュックに興味を示して近付いてきた。

「ランプに気付いてるらしい。見せてくれって」

 すぐにマナがランプを見せると、セナはくるりと向きを変え、さぷん、と氷に飛び込んだ。

「あれ? ……どうしたんだろう」


「待ってろってさ」



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