第69話 イッランとの別れ




 翌朝、マロとサクマに続いてマナ達も祭壇の扉の前に来ていた。

「さあ、セナは何をお返ししてくれたろうね。マナちゃん、鍵を開けたから扉を開いてごらん」

 そう言ってマロはマナを扉の前に引っ張った。マナがゆっくり扉を開けると、中から薬草や香草が燃えた後の甘い香りが流れてきた。

 祭壇の上には、お酒が入っていると思しき瓶が二本、これは昨日とは違う瓶だ。そして、その隣には何かの本が置かれていた。

「マロさん、あれは……?」

「あらあら」

 マナが祭壇を指さすと、マロは速足で歩み寄り、本を手に取った。


「こりゃ珍しいね。古い神話の絵本だ」

 マナ達も祭壇に近づき、マロの手にある本を覗き込む。表紙には絵だけでなく、鮮やかな刺繍や小さな宝石もちりばめられ、絵本とは思えない豪華な装丁だ。


「素晴らしいな……」

 ザハがそう呟き、他のみんなもそれぞれ「そうだね」「うん」とうなずく。昨日置いて行った酒と魚が、こんな美しい物に換わるとは。


「きっと生まれてきた子供への贈り物だね。セナは、姿を見せずともいつもイッランを見守っているんだよ」

 マロが絵本を抱き、「行くよ」と部屋を出る。ジョウとパンクがお酒の瓶を持ち、全員で長の家に戻った。



 マロは伝声管を使い、生まれた子どもの親であるエグリムのいとこに絵本の報告をした後、またマナを相手に昔話を始めた。内容は昨日とほぼ同じだ。



「おい、お前、リズだったな」

 サクマに声をかけられ、座っていたリズはすぐに立ち上がる。

「何か手伝う?」

「いや、お前たちの飛行機はもう万全になったのか?」

「ああ。もう整備も調整も済ませて、一気に長距離飛べるよ」


「じゃあ、すぐにでも出発してくれ。今晩は子どもが生まれたお祝いを街の人間だけでする。悪いがよそ者はお呼びじゃない」


 かなりつっけんどんな言い方だ。だがリズは嫌な顔せずうなずいた。

「分かった。世話になったね」

 パンパン、とリズが手を叩き、全員の注目を集めた。


「おいとまするよ! みんな使わせてもらったところを掃除して、荷物をまとめな」




                *




 イッランから外に出て、パンサーに荷物を積み、乗り込む。そこにマロとサクマが見送りに来てくれた。


「マナちゃん、これを持って行きなさい」

 マロがそう言って、サクマに魚を渡させた。昨日、セナに供えた物と同じものだ。

「あと、これも」

 今度はマロが直接、マナの手のひらに小さな布の袋を握らせた。マナが手伝って調合した、薬草と香草の粉だ。


「それを氷河のどこかで燃やして、お供え物をしてセナを待ちなさい」

「え……私がやってもいいんですか?」


「ああ、いいよ。話を聞いてくれて楽しかったよ。それに、色々手伝ってくれてありがとうね。あなた達ならセナを傷つけないだろうから、教えてあげる。セナはペンギンだよ。氷河の奥に眠る古いお供え物を、新しい物と交換してくれるんだよ」

 マナは思わず「ありがとうございます」と言うと同時にマロに抱き着いた。それをサクマが、マナの肩をつかんでそっと離させた。


「あの、わがまま言ってすいませんが、もう一つ教えてもらえませんか?」

「何だい?」



「以前ペンギンを探してここに来たっていう人の名前……じゃなかったですか」



 マロはうなずいた。

「トーゴ。古い言葉で『道なき道を行く』。間違いないね。あの男は、何かに憑りつかれたみたいに血眼になってセナを探していたよ。この街を守るためにセナを隠すしかなかった」

 マロがそう言うと、サクマもそれに続いた。

「あいつは様子がおかしかった。本当なら、お前達にもセナの事は教えたくない。だが……マロの判断だ。俺はそれに従う。絶対にセナを傷つけるなよ」


「はい」と返事をして、パンサーに乗り込み、手を振った。パンサーの扉も閉められる。


 マロとサクマがしてくれたハウの話にマナは胸が締め付けられた。そのマナの頬に、そっとコッパが寄ってきて言った。


「マナ、きっとハウにも何か事情があったんだ。もう過ぎた事だし、深く考えるな」



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