第68話 お供え




「長、台所借りるよ。魚さばくから」

 エグリムが、釣った魚を引きずりながらマロの家に入ってきた。囲炉裏の近くでは、マロとマナ、コッパがお喋りをしている。


「勝手に使いな。でもつまみ食いはするんじゃないよ」

「はいよ」

 適当に答えるエグリムを、後ろにいるリズが笑った。エグリムは釣りをしている最中も、餌を自分でパクパク食べていたのだ。

「マロさん、あたし達が見張っておきます」

「そうだね。頼んだよ」

 マロに手を振り、リズ、パンク、ザハは台所へ向かった。


「でねマナちゃん、さっきの話の続きだけど」

 マロはメガネを直しながらマナに体を向けた。


「私が若い頃はね、イッランだけじゃなくて、街はいくつも氷河に点在してたの。三十くらいはあったかな。でもね、だんだん人が少なくなって、年寄りは北の住みやすい街に引っ越して、もう氷河の街はイッランだけなの。世界でここだけ!」

 人差し指を立てて強調するマロ。マナが「へえ!」と感心すると、マロはまた眼鏡を直して話を続ける。

「うちは代々続く長の家系でね。でも、私が継ぐ頃にはもう、街の人達は半分くらいに減っててね。少しずつ減り続けて、今はもう百人いないくらい」


 マロの昔話は、それなりに面白い。ただ、このくらいの年齢の人にはよくあるが、マロは同じ話を何度も繰り返していた。マナは笑って楽しんでいるものの、ジョウは飽きてしまったらしく、囲炉裏から少し離れてサクマと一緒に狩猟用具と思われるアーマーをいじっている。


「昔はね、女神セナへのお供え物って言っても色々あったの。この地方伝統の織物とか、組み木細工とか、氷の彫刻とかね。でも、どれも作る人がもういないから、最近は食べ物ばっかりだね」


「そうなんですか。サクマさんから、『子どもが生まれたお祝いの果実酒』って聞きましたけど」


「そうそう。この前エグリムのいとこに赤ちゃんが生まれてね。明日お祝いがあるから、古いお酒をセナにもらおうってことなの。それと、おまけでお魚も」

 そう言ってマロは思い出したように時計を確認した。

「あらら、もうこんな時間? そろそろ準備しないとね」

 立ち上がったマロは戸棚から紙の包みをいくつも取り出し、中に入っている草の根や乾燥させた果実を、薬莢で混ぜ始めた。

 マナはその隣で、マロに言われるまま皿を渡したり、水を注いだりと手伝った。




                *




 儀式の支度が終わると、マナ達はマロとサクマに連れられて、イッランの一番深い階層にある一部屋にやってきた。捧げものを置くための簡素な木造の台があるだけで、あとは一面氷の壁。だが天井には、排気のためと思われる穴がいくつも開いている。


 サクマの指示に従って、ジョウとパンクが台の奥に薪を置く。マロがその上に、さっき調合した粉を振りかける。また薪を置き、火をつけた。

 台にはお供え物として果実酒と、腹に野菜や香草を詰めた魚が数匹。それを置くと、すぐにマロとサクマは全員を連れて部屋を出て、扉に鍵を閉めた。


「さあ、あとは明日の朝まで家で待っていればいい」

「えぇっ、家で? 祭壇のそばで待ってちゃダメなんすかぁ?」

 そう言ったパンクの肩をサクマが後ろからガシッとつかんだ。

「ダメだ。しきたりだからな」


「でも」と言いかけたパンクの反対の肩を、リズがガシッとつかんだ。

「ダメと言われたら素直に従いな。ここはマロさん達の街だ」


 その日、マナとコッパ、リズはマロの家に泊めてもらい、ジョウ、ザハ、パンクの男三人は、イッランにたくさんある空き家に泊めてもらった。



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