第67話 ラバロ出現
マナとコッパ、それにジョウは、サクマに連れられてイッランにある一室に来ていた。トロッコのような小さい列車が止まっており、奥へと続く通路には一本の線路が敷いてある。
「これ……マグレブアーマーのトロッコか?」
ジョウがトロッコに近寄ってあちこち観察する。サクマは「さあな」と不愛想に返してきた。
「俺達は先人から受け継いで使っているだけだ」
サクマは先頭の運転席に座ると、後ろの荷台をトントンと軽く叩いて見せた。「乗れ」ということだ。マナ達はすぐに乗り込む。
「ジョウくん、『マグレブ』って何?」
「磁気を使って浮かせて走るんだよ。雪が積もる場所では普通の線路を走る汽車より都合がいいのかも。普通は壁を作って走らせるんだけど、これは下のレールから磁気を出して、車体が色々調整しながら進むんだろうな。本来なら前に一直線に進むには……」
思ったより専門的な話が始まってしまい、マナが聞き飛ばそうとしたところで、サクマがトロッコを発進させた。グンと車体が浮き、前に進みだす。
緩い坂を登り切り、氷河の上まで出てくると、目の前は森だった。サクマはトロッコをすぐに止めて降りると、一番後ろの車両から斧を始めとしたいくつかの道具を取り出した。
「一本、木を伐採する。お前たちはそれぞれこれを被れ」
マナとジョウは渡されたヘルメットを被った。コッパも一応、コートのフードを被る。
「サクマさん、どうして木を切るの?」
マナが質問しても、サクマは顔を向けてはこない。ただ道具を運び、森の中へと向かう。だが、少し歩いたところで答えてくれた。
「薪のためだ」
「薪……何に使うの? 暖を取るのは、暖房用のアーマーがあれば」
「儀式に使う薪だ。備蓄はあるが、補充する」
「へえ……」
不愛想でそっけないサクマに、マナは何の儀式か、という質問を遠慮した。だが、サクマはその遠慮に気付いたらしく、適当な木を見つけると教えてくれた。
「儀式というのは、女神セナに捧げものをすることだ。祠に捧げものをし、薪と薬草、香草を一晩焚き続けると、女神セナが捧げもののお返しを授けて下さる」
ザハが言っていた通りだ。霊獣の手がかりになりそうな話に、ジョウも食いついた。
「捧げものとお返しって、何?」
「今回は子どもが生まれた祝いの果実酒だ。普通なら、セナは代わりに古い果実酒を置いて行ってくれる。必ずではないがな」
「何もお返しくれないこともあるってことか?」
「いや」
サクマの斧の音が森に響く。少しの間話は中断した。木を倒し、薪にする分を細かくしてトロッコまで運んでいく。その長い時間、マナとジョウは自分達からは質問せずに待っていた。トロッコのそばまで全て運び終えると、やっとサクマは話の続きを始めた。
「セナのお返しは、必ずしも同じものとは限らない。魚の漬物の事もあれば、干し肉、古い服や毛皮の事もある。何が返って来るかは俺達には分からない。女神様は気まぐれなんだ」
その気まぐれさ。魔法や自然現象の類ではなく、生き物が絡んでいる感じがする。マナはトロッコに伐採した木を積み込みながら、サクマに聞いてみた。
「その儀式って、いつするの?」
「今夜だ」
「私達も、そばで見て大丈夫?」
「それは長のマロに聞け……ん?」
薪を積み込むサクマの手が止まった。顔は空を見上げている。何かとマナとジョウも見上げる。コッパがささやいた。
「人間が飛んでくる。ここに降りてくるみたいだぞ」
「人間? 飛行機か?」
ジョウがマナの隣にやってきてコッパに聞いた。
「いや、人間だけだ。それも、一人らしいな……だけど、どうも臭いが弱い。そうとう小柄な子どもか、ひょっとしたら赤ん坊かな?」
「はあ? 赤ん坊が飛んでくるってどういうことだよ」
「オイラが知るかよ。……見えてきたぞ」
上空から、次第にマントを羽織った人影が見えてきた。空中を滑るように動くその人影は、トロッコから十メートルほど離れた所に着地し、マントのフードを外した。
サクマは角材を握って、槍のように構えた。
「誰だ。ここに何をしに来た?」
その男は、コッパの予想とは違い、標準的な体格の若者。金髪でニヤリと笑うその顔に、マナは見覚えがあった。
「おい、テメエ」
男がマナを指さした。マナが後ずさり、ジョウがグイっとマナの前に立つ。
「オッカ以来だな。あのふざけたアマはどこだ。正直に言わねーと、殺すぞ」
オッカでマナが、道を間違えて迷い込んでしまった違法遊郭の元締め。名前は確か
「ラバロ……?」
「あのアマどこだって聞いてんだよ」
『あのアマ』とは間違いなくヒビカのことだろう。ラバロは、オッカでヒビカに散々痛めつけられていた。
「ヒビカさんなら、もう私達と一緒じゃない。ミュノシャで別れて、その後は知らないよ」
マナがそう言うと、ラバロはこめかみに人差し指を当ててボタンを押すような動作をし、マナをギロリと睨み付けた。
「……嘘はついてねえみてーだな。チッ、クソが」
ラバロは膝をぐっと曲げ、空中に舞い上がると、あっという間に彼方へ飛んで行った。
「アイツ、体の一部がアーマーになってるな」
ジョウはラバロを目で追いながらそう言った。
「足には飛行のためのアーマー、多分、目にも心拍数やら体温やらを測る小型のアーマーが入ってるんだ……ありゃもうサイボーグだな」
『サイボーグ』という言葉で胸をギュッと締め付けられたマナは、身を縮こまらせた。コッパがそれに気づき、マナの頬に体をよせる。
「でもジョウくん、人間が一人で飛べるアーマーなんてあるの?」
「俺は知らないけど、ありゃ間違いなくアーマーだ。軍隊で秘密裏に開発された物かもしれないな……。マナさん、あいつ知ってるの?」
「オッカで一度出会っただけ。向こうは私の名前も知らないはずだよ」
「その時は生身の人間だったな」とコッパ。
サクマが運転席に座り「乗れ」とマナ達に声をかけた。
「悪いが、出来るだけ早くイッランを出て行ってくれ」
そう言ってトロッコを走らせるサクマに、マナもコッパも、ジョウも、何も言えなかった。マナ達も、この街の人達の暮らしを邪魔したくはない。
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