第66話 釣り手伝い




 リズ、パンク、ザハは、長の家を教えてくれた、魚を引きずっていたおじさん、エグリムと共に、氷河から少し離れた湖に釣りに行くことになった。通常は歩いて二時間かかるらしいが、パンサーがあればひとっ飛びだ。

 全員パンサーに乗り込み、リズの運転で湖に向かう。


「エグリムさん、湖って、氷に覆われてんすよねぇ?」

「ああ、そうだね」

「その氷も、溶けない氷なんっすか?」

「いや、普通の氷だよ」

 パンクはナイフを使って、エグリムのやっている餌の下処理を手伝っている。仕事が遅いため、エグリムの作業が終わって回されてきた餌がだいぶ溜まっていた。

 それを眺めていたザハが、パンクに「貸してくれ」と手を出した。パンクが交代すると、ザハは慣れた手つきでナイフを操り、溜まっていた餌をスピーディーに片づけていった。


「うわ、ザハさん、速ぇ!」

「私は海洋生物の調査をする人間だからね。これくらいはお手の物だよ」

「学者さんかい?」

 エグリムも感心しながら見ている。

「ええ。専門は深海生物の生態です。ただ、基本的にどの生物の生態にも関心はありますね。例えば、この餌の脂」

 手を止めて餌を一つ取り上げるザハ。この餌は、小魚でも虫でもなく、白い何かの塊だ。


「これはマタギセイウチの脂ですね。肥満体でないと、釣りに使える良質な脂は取れない。ある研究によると、人間が肥満体の個体を狩猟しなくなると、群れに寄生虫由来の様々な感染症が蔓延するリスクが上がるらしい。それによって群れが滅ぶこともあるそうだ」


「ほおー」とさらに関心するエグリム。


「結果として、時代が進むにしたがいマタギセイウチは、人間が行けない南極の奥地からはいなくなってしまった。ところが、彼らの最高の餌であるナンキョクゲンノウウオは、奥地にしかいない。マタギセイウチは次第に、南極の奥地まで魚を食べに行ってまた住処まで戻ってくる、という生態を獲得したんだ」


「人間の狩りの結果か。それは知らなかったなあ」

 そう言ってエグリムは餌を一つ、口に放り込んだ。「えぇっ?!」と驚くパンク。

「それ、人が食っても平気なんすかぁ?!」

「うん。甘くて美味いよ。一つ食べてごらん」

 エグリムの差し出す一かけらにパンクが手を伸ばすと、ザハが「やめておいた方がいい」と止めた。


「これはマタギセイウチに寄生するミジロカイチュウを殺すほどの強い胃酸を持っている、南極近郊の人々だから食べられるものだよ。軟弱な私達が食べたら、最悪一週間は寝込むことになる」


「本当に?! 知らなかったなあ!」とザハの言葉に一番驚いたのはエグリムだった。




 湖に到着すると、エグリムは専用のノコギリアーマーを使って氷に半径一メートルほどの穴を開けた。そこに釣り糸を垂らし、座ってじっと待つ。

 エグリムはザハの話が面白いらしく、隣で喋りながら釣りをしている。パンクはリズの隣で、ガタガタ震えながら釣竿を握りしめていた。


「あんた元軍人だろ? この程度の寒さでそんなさまさらすなんて、情けないね」

 そう言って笑うリズに、パンクは「よけいなお世話っすよ」と返したものの、喋るのも大変らしく、それ以上何も言わなかった。リズはカイロを取り出してパンクの首元にあてた。


「それ付けてもどうしても寒けりゃ、パンサーの中に入ってな」



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