第71話 ペンダントと紋章
「マナさん、セナはいつ戻ってくるんっすかぁ?」
マナの後ろでパンクはガタガタ震えている。もう、セナがいなくなって三十分ほどたっただろうか。
「私には分からないよ」
コッパがマナの背中からパンクに言った。
「寒いならパンサーの中に入ってろ」
「ヤだよ。俺もセナが帰ってくるとこ見てぇし」
「じゃあガタガタ言わずにただ我慢だ」
「けどさみぃよ!」
パンクが騒いでいるところに、ザハがやってきた。
「仕方ない。私がスープか何か作ってあげよう。マナ君、ライターボックスを借りるよ」
ザハが作った魚の燻製とマカロニ入りスープをみんなで食べていると、やっとセナが戻ってきた。マナは「お帰り」と言いながら、スープの器を差し出す。
「少し食べる?」
「いいってよ。それより、手を出せって」
コッパに促されてマナが手のひらを出すと、セナは咥えていた紐のようなものをマナの手に乗せた。
古い古いペンダント。中央についているのは宝石ではなく、何かの紋章の彫刻の施された、分厚い金属板だ。
「これ……!」
マナは衝撃で固まった。この紋章には、見覚えがあったのだ。
「ランプに灯を集めている者に渡すよう、ずっと昔に託されたらしい。首にさげてくれって」
マナが首に下げると、ペンダントの紋章の溝がうっすらと光り始めた。
「……ねえセナ、これは誰から預かったの? ひょっとして、ハウって人じゃ?」
「違うって。もっとずーっと昔、初めにこの氷河に住み始めた奴らから預かったらしい。……こいつ、ハウを知ってるみたいだぞ」
「えっ」とマナ。
「やっぱり会ってたんだ! でも、灯はあげなかったの?」
セナは黒く輝く瞳で、じっとマナを見つめた。マナもじっと答えを待つ。
「やらなかったって。あいつには下心が感じられたって言ってる」
「下心? 下心って、どんな?」
「セナにも詳しくは分からないみたいだ。ただ、強い欲を感じたって。ラグハングルの霊獣と遺跡について、セナに教えろ教えろってしつこかったらしいぞ」
「ラグハングル?! 私もいずれそこに行こうと思ってるんだけど……遺跡って? ハウは、あなたにどんなことを聞こうとしたの?」
セナは瞳をコッパの方に逸らせた。
「……マナ、こいつもハウのことは、あんまり思い出したくないみたいだ」
マナはうなずいてゆっくり手を出し、セナの羽を握った。
「ごめんなさい。教えてくれてありがとう。あなたの幸せを遠くから願ってるからね。いつまでも氷河とイッランが穏やかでありますように」
ランプには、青白い灯が新たに灯った。
*
セナがいなくなり、全員パンサーの中で夜を明かす。マナは眠れずに、セナから貰ったペンダントをいじっていた。
施された紋章、自分と出会う前のハウ、自分の知っているハウ。昔の事を思い出してしまい、頭の中で様々な感情が渦巻く。
「眠れないか?」
枕元でまるまっているコッパが、こちらを見ている。
「うん。……色々気になって」
「そのペンダントの紋章、ハウの腕輪と同じだよな」
「コッパも覚えてたんだ。この紋章の事知ってる?」
「いや。オイラがハウに会った時にはもう着けてたし、オイラも特に気に留めてなかったから、何も聞かなかったし」
「そっか……」
マナはペンダントを持つ手を寝袋の中にひっこめた。紋章も気になるが、一番気になるのは、ハウの事だ。
「ねえコッパ、ノウマやセナが会ったのって……本当にハウだったのかな?」
「ノウマもセナも、嘘はつかないだろ」
「でも、ノウマは嫌ってるみたいだったし、セナも『下心があった』って。……そんな人じゃないのに。マロさん達も……」
「あいつらから見たら、そうだったんだろ。ハウは別に聖人君子じゃないぞ。でも、お前から見たハウだって、偽物ってわけじゃない。オイラから見たハウも、多分マナと同じだ。昔の事だし、何か事情があったんだろ」
「何かって?」
「オイラには分からないよ」
「……私、次こそは、ラグハングルに行きたい。ハウの過去を、もっと知りたい」
「ジョウとリズには何も教えずにか?」
マナは返事に困った。自分とハウの事は、人に話したくはない。それは、この旅の理由に直結する。マナは、ジョウとリズがそれを知った時、今まで通り一緒にいてくれるかが不安だった。
「せめて、ハウがお前にとって何だったのかくらいは、教えてやったらどうだよ」
「……気持ちの準備がいる。ラグハングルに着くまでには言うよ」
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