エピローグ 三年後

第169話 三年後 - 1 ファルココにて




 標高二千メートルを越える高原の街、ファルココ。駅に停まった大きな汽車から何百人と乗客が降りる。再会を喜ぶ声や駅員を呼ぶ声、駆け回る子どもに、それを追う親、降ろされる貨物の数々。駅は大賑わいだ。


「私の荷物をお願いします」

 荷降ろしをしている駅員に番号札を渡すマナ。栗色のミディアムヘアを揺らしながら、駅を見渡している。ここへ来るのは二度目だが、これ以上ない程嬉しい気持ちでそわそわして、やたらとあっちこっち頭を振ってしまう。

 ゴーン、と鐘の音が頭の上から聞こえ、マナは天井を見上げた。吊り下げられた巨大な時計が鐘を繰り返し鳴らし、午前十一時を知らせている。



 アタッシュケースを受け取り、改札へ向かう。十一階建てのファルココ駅、マナは乗っていた汽車が止まった六階から、一階直通のエレベーターに乗った。

 建物の外を、観覧車のようにゆっくりと弧を描きながらエレベーターが降りていく。壁はガラス張りで、ファルココの街を一望できる。あちこちの建物にある煙突からは、白い煙がモクモクと出ていた。

 初めて来た時の景色はもうよく覚えていないが、おそらくそう変わってはいないだろう。


 改札付近は混雑する。マナは、リュックから取り出し済みだった切符をサッと駅員に手渡すと同時に聞いた。


「すいません、『ジャック・ルーマン』のファルココ工場に行きたいんですけど」

 駅員は「ジャック・ルーマン……工場?」と考え込んだ。マナの耳元でコッパがささやく。


「マナ、違う! マルーンだ。『ジャック・マルーン、ファルココ支社』!」




                *




 駅員さんに教えてもらった道をたどり、普通は二十分程度で着くジャック・マルーンのファルココ支社に、マナは四十分かけてたどり着いた。

 入ってすぐのベンチには懐かしい顔が一人と、送られてきた写真で見た、初めて会う小さな顔。


「リズ!」

 マナが声を上げて手を振ると、リズは子供を連れて歩いてきた。

「マナ、久しぶり。あんまりそっち行けなくて、悪かったね」

「ううん。それより……こんにちは」

 マナはリズの足元にいる二歳の男の子に目を合わせた。ジョウと同じ黒い髪に、リズと同じ緑色の瞳。名前は『タクマ』だ。

「タクマほら、挨拶しな」

 促されてぺこりと頭を下げると、タクマはすぐにリズの足の後ろに逃げ込んだ。





「マイマイ、マイマイ!」

「オイラはマイマイじゃない! コッパだ、コッパ!」

 ロビーにあるソファーに座って話しているうちに、タクマもだんだん打ち解けてきた。今は、コッパに興味を示して話しかけている。


「ねえママ、これマイマイ?」

 タクマがリズの腕を引く。リズは「そうだね、似てるね」と言いながら、カバンから絵本を取り出して、コッパに見せた。

「この絵本に、『マイマイ』っていうのが出てくるんだよ。七ページ」


 コッパは絵本を受け取って『マイマイ』の姿を確認する。

「なんだこりゃ、カタツムリじゃねーかよ! おいタクマ! これのどこがオイラと似てるんだ!」

「あのねえ、こっちのやつに似てる。こっち」

 タクマは別のページにあるマイマイの絵を見せる。またコッパがぷんぷん怒る。噛み合わない二人の頭越しに、マナとリズは話していた。



「マナ、手足の調子はどう?」

「すごくいいよ。昔のみたいに痛みまでは感じられないけど、指も自由に動かせるし。ただ、走ると右足がちょっと、擦れて痛いんだよね」

「もうすぐジョウが来るから、見てもらおうか」


 マナの新しい手足は、ジョウとアキツの熟練アーマー職人マラコの合作だ。連合国のアーマー技術と、アキツ独特の様々な術や素材のお陰で、指先まで自由に動かすことができる。



「オイラはカタツムリじゃない! ゲルカメレオンだ!」

「ゲロカメロン?」

「何だその吐いたメロンみたいな……ゲルカメレオン! っていうかコッパって呼べ。さっきから言ってるだろ!」


 相変わらず噛み合わないコッパとタクマ。ぷんすか怒るコッパを見て、タクマはとても楽しそうに笑っている。タクマがかわいくてマナは意味なく「ねー」とタクマに笑いかけた。


「ねえリズ、子育て大変?」

「まあね」とリズ。ここでマナと会ってからも、タクマが落とした絵本をカバンにしまったり、お菓子をくれというタクマと交渉したり、トイレに連れて行ったりしている。


「大変だよ。本当に手が離せないし、こっちが何言っても通じなかったり、向こうが何言いたいのか分からなかったり……生まれたばっかりの頃は、コーラドからオリヴァに来てもらって手伝ってもらってたよ」

「ジョウ君、家でタクマ君の面倒見てくれるの?」


「基本、見るね。でも、仕事が乗ってきたり、何かひらめいたりすると、もうそっちに夢中になってタクマはいつの間にかほったらかし。で、あたしと喧嘩。ただあたしは、ジョウをあんな歳で父親にさせちゃったのはちょっと悪かったなって思ってるから、あんまり強く言えないんだよね」


 ジョウは航空機開発世界最王手ジャック・マルーンの設計部で、二年間の期限付きで研究設計士という肩書きで勉強しながら働いている。昨日が最後の出勤日で、今日の午前中だけ顔を出して終わりらしい。それに合わせて、マナはやってきた。


「あっ、マナさーん!」


 ようやく階段を降りてやってきたジョウは、マナが最後に会った時より十センチ以上大きくなっていた。元々マナより背は高かったが、その差が大きく広がり、マナは三年間の時の流れを改めて実感した。



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