第87話 共にラグハングルへ




 大きく燃え盛るラバロの棺の前で、リズとヒビカは隣り合って立っていた。たまに薪をくべたり、棒でつついて角度を変えたりしている。


「ヒビカさん、あたしずっと気になってたんですけど、どうしてラバロの最期を看取ろうと思ったんですか?」

「時間もアテもなかったからな。放っておくわけにもいかないだろう?」


「うーん」とイマイチ納得できないリズ。

「でも、ラバロってオッカで女を性奴隷にして商売してたわけでしょう? あたしは、ヒビカさんそういうの死ぬほど嫌いだと思ってました」


「ああ、嫌いだ。憎くてたまらない。……だから私はオッカで……と、もしお前が思っているなら、それは間違いだ」

「思ってました。違うんですか?」


「私もそう思っていた。だが、後から気付いたんだ。あれは、正義を傘にして、癇に障った相手に暴力を振るっただけだ。軍人でありながら。弱い者いじめだな」


 リズは黙って話を聞きながら、一本薪をくべた。それをヒビカが棒で奥に押し込む。

「ラバロがここに来た時、何とかして水のある場所に誘い出そうと、私を村から連れ出させた。もしうまくいかなかったら、それはもう、自分の犯した罪の報いとして、死ぬことを受け入れるしかないと思ったよ。結局死にはしなかったが」

「罪の報いなんて……だって、オッカの遊郭は」

「それとこれとは別の話だ。私にとってはな」



 ラバロの棺をはさんで反対側ではパンクとジョイスが、火の勢いを調節しながら話をしていた。

「ねえパンク、あんた軍隊にいた頃、人か動物か燃やしたことある?」

「人はねぇよ。でも、伝染病で死んだ鳥とか牛を燃やしたことはある。こんな風にな」

「じゃあ知ってるよね。こうやって燃やすと普通は……」

「動くよな。でも、こいつは動かねぇ。筋肉じゃなくてアーマーだからな」


 すでに棺は原型をとどめておらず、上から薪も大量にくべられて、山のようになっている。ジョイスは、回していた腕を降ろして風を止めた。

「こんな身体になるまで人を憎んで、こんな風に死んで。憐れな奴だよ。パンク、もういいんじゃない? あとは燃えるに任せれば」

「ああ、そうだな。……ヒビカさん、すげぇよなぁ。こんなヤツの面倒、最後までこうやって見てよォ」

 パンクは炎の向こう側でリズと話しているヒビカをまじまじと見つめた。ジョイスも同じように見つめながらうなずく。


「そうだね。あたしも本当に尊敬する。あたしらも、ヒビカさんがいなかったらラバロみたいに……いや、もっとむごい殺され方してたかもしれない。命の恩人だよ」


「あんな人を憎むラバロって、頭いかれてんなぁ」

 パンクがそう言うのと同時に、ジョイスはこれ見よがしに「はあっ!」と深いため息をついた。

「ラバロから見たヒビカさんは、あたしらとは違ったんでしょ。間違ってただろうとは思うけどね。人間てのはね、あんたが思ってるほど単純じゃないんだよ」

 また説教じみた事を言われ、むすっとするパンク。

「悪かったな。俺にはそういうの、よく分かんねぇんだよ」



「ヒビカーっ!」



 トロラベが張り上げた声にヒビカも驚いたようで、どうした、と聞き返しもせずにトロラベが近づいてくるのを待った。トロラベは自転車を降りると、にぎりしめられてくしゃっとなった封筒をヒビカに渡した。

「読んでくれ」


 ヒビカが封筒を受け取り、中身を読む間、トロラベは息を整えながら話し続けた。あいかわらず口はたらんと開いているが、目は真剣だ。


「本当に、申し訳ない。僕は仕事で、この緊急集会を知らなかったんだ。知らされた時には、意見陳述どころか、採決も終わってて……」

 ヒビカは読み終えた中身を折りたたんだ。

「お前がいたところで、結果は同じだったろう。『全会一致』とある」


「ヒビカさん、それ何ですか?」

 リズが後ろからそうたずねた。


「村の集会で採決された、私への退だ。私は村から出ていかなければならない」


「どういうことっすか?」とパンク。話が全く飲み込めないようだ。


「ラバロが襲ってきたことで、村を危険にさらした。その原因は、私が軍人時代に恨みを買ったから。今後またラバロと同じような人間が現れないとも限らない。村全体の安全を考えた結果、私を村に置いておくわけにはいかない。そういう事だ」


「はぁ?! 村はヒビカさんが守ったんじゃないっすか!」

 声にも表情にも怒りを宿すパンクを見ても、ヒビカは表情一つ変えなかった。

「この文章にある事は事実だ。もし私がここにいなければ、ラバロは何もせずに去っただろう」


 ジョイスが心配そうに言う。

「あの、ヒビカさん、『勧告』ってのは確か、命令とは違うんでしょ?」

「本来はな。だが、ここは小さな村だ。これを無視して住み続けることはできない。兄と弟達を連れて、どこかに……」


「いや、待ってくれヒビカ」

 そうストップをかけたのは、トロラベ。



「出ていくのは君だけで十分だ」



「オイ! お前、何だよその……」

 大声を上げて歩き出したパンクをジョイスが強く引っ張った。

「うるっさい! 黙ってなって!」

「だってよォ!」

「黙って、なっての!」

 ゴン! とげんこつ一発。


 トロラベは話を続けた。

「引っ越す当てなんかないだろう? ゲント達は、ここの学校に通ってて友達もいる。君の兄弟は僕が面倒を見るよ。それに、村長達も言ってた。君もたまに村に来るだけなら大丈夫だ」


「……お前が、説得してくれたのか?」


「いや……うん」と、聞かれて仕方なく、という感じでうなずくトロラベ。


「恩にきる。だが、お前にこれ以上迷惑はかけられない。ガンマの事も、今まで散々……」


「君はガンマさんを甘やかし過ぎだ。あの人は馬鹿じゃない。簡単な仕事ならちゃんとできる! 僕は来月から店の雇われ店長になる。ガンマさんにもうちで働いてもらいたい」


「だが、弟達は……」


「君が軍隊にいた頃みたいに、僕が君の家に行く。昔に戻るだけじゃないか。何も問題ない」


「だが……」


 初めてトロラベが、ぐっと顔をしかめた。

「じゃあ、どうするつもりなんだ。君は、ガンマさん達をここから連れ出して、幸せにしてやれるのか? 本当に?!」


 リズ、パンク、ジョイスが見守る中、ヒビカはゆっくりトロラベに近付くと、両手で肩を持った。


「すまない。お前には、どれだけ感謝しても……」

 喋る途中で、ヒビカは頭をサッと下げた。頭と肩が、呼吸に伴って揺れ始める。それを見たトロラベは、またか、とでも言いたげに柔らかく笑った。

「君は昔から、兄弟の事になると弱いからね」



 ジョイスが「おい」とパンクの袖を引っ張った。

「あれ、あんたが『頼りない』って言ったトロラベだよ。何とか言ってみなって」

 パンクはぐうの音も出なかった。

「あれが本物の『頼りになる男』だ。あんたも、シンシア落としたいならトロラベみたいになれるよう、せいぜい

「……えっ?」

 パンクの唖然とした顔を、ジョイスは一目見ただけでプイッと顔を背けた。



「ヒビカさん!!」



 トロラベよりさらに後ろ、坂を少し下った所から聞こえたのは、マナの声だった。ヒビカはトロラベの肩に手を置いたまま、顔を上げた。



「私達と一緒に行きましょう。ラグハングルへ!」



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