第82話 夜




「今、手を握っている。感じるか?」

「いや」

「肩はどうだ」

「いや」

「足は」

「いや」

 ヒビカは手をラバロの頬にそえた。ラバロは顔をピクッと動かす。

「顔だけか……」


「テメエ……それ、俺の足触った手だろ」

「フッ」とヒビカは小さく笑った。

「そうだな、すまない。今拭ってやる」


 もう日が沈み、外は真っ暗だ。夕方、マナ達がいなくなるのと入れ替わるように子供達が帰ってきたが、最初こそラバロに驚いたものの、自分から動きもせず喋りもしないラバロはあっという間に子供達の関心から外れてしまった。

 いつもと同じように夕飯を済ませ、ガンマを含めてみな眠りについている。


 ヒビカはベッドの脇に引き寄せたテーブルに小鍋と椀、さじを持ってきた。

「粥だ。食べろ」

「いらねえ」

「ダメだ。少しは何か食べなければ……」

「そうじゃねえ。元々食い物は要らねえ身体なんだ。壊れる前から食えねえんだよ」


「そうか」とヒビカは持っていたさじを置いた。

「料理や食事は人間の楽しみの一つだが、お前は好きではなかったのか?」

「別に、そういうわけじゃねえ」

「……それを捨ててでも、私に復讐したかったのか」

 ヒビカは鍋にフタをかぶせ、椀によそった粥を自分で食べ、片づけた。


「ラバロ、お前がこんな事になったのは、私にも責任がある」

 ラバロは左目を動かしてヒビカを見た。もう首は自由に動かせない。


「オッカでの、私のお前の扱いがもう少し違っていれば、こんな事にはならなかったはずだ」

「テメエ、本気でそう思ってんのか?」

「ああ。思っている。……反省もしている。すまなかった」

「……馬鹿じゃねえのか」



「お姉ちゃん、眠れない」

 末っ子のマコがリビングの扉を開けて立っていた。


「そうか。先に部屋に戻って好きな絵本を選べ。読んでやる」

「もう絵本持って来た。ここがいい」

「ここか?」

 ヒビカはチラリとラバロを見てから言った。

「分かった。私の膝の上にこい」


 マコはヒビカの膝の上に乗ると、ラバロの顔を覗き込んだ。

「ねえお姉ちゃん、この人死ぬの?」

「ん……どうだろうな。人は誰でもいつか死ぬ。この男もいつか死ぬだろうな」

「わたし、この人に死んでほしくないな。だって、お姉ちゃんが一生懸命お世話してるんだもん。死んだらかわいそう」


 ラバロが口から空気を抜くように苦笑いをもらした。


「マコ、お前は優しい子だな。さあ、絵本を読んでやる。読んだらベッドに戻るんだぞ」





 夜も更け、みんな寝静まった頃、ラバロの枕元にある窓のカギが、カチャリと音を立てた。ゆっくり窓が開き、手がぬっと入ってくる。


 ヒビカは手を引っつかむと、侵入者の首根っこを捕まえ、部屋に引きずり込んで床に抑えつけた。女の悲鳴が響く。


「痛い痛い! ヒビカさん、私です!」

「何?」


 部屋の明かりがつき、観念したコッパとジョウ、リズも部屋へやってきた。



「ヒビカ、ごめんな。オイラの提案した作戦だ」

「お前の? どんな作戦だ」

 ヒビカの眼差しに、コッパはたじろいだ。

「あの、えっと……おいマナ、もう仕方ない。話しちまえよ」

「……うん」


 マナが立ち上がって、ランプを抱いたまま右手をヒビカの身体の前にかざした。ランプでこげ茶色の灯が強く輝き、ヒビカの目の腫れがひき、腕の傷がふさがり、痛みが消えていく。ヒビカは目と口を開いて驚いた。


「な……何だこれは?!」

「これは、ランプの持ってる力の一部なの。これでヒビカさんとラバロの治療をしようと思って」

「私とラバロに秘密でか」

「は、はい」


 ヒビカはため息をつくと、自分の腕を見た。傷は完全に消え、元通りになっている。

「なるほど。陸軍やジャオが狙うわけだな。……おいジョウ!」

 ジョウはビクッと肩を震わせた。


「窓のカギを開けたのはお前だな? 随分手際がいい。何度もやったことがあるのだろう?」

「えっ、いやいや。あの、いえ。えっと、そうですね。いやだから! 初めてです!」

「フン。おいリズ!」

 リズも肩を震わせ、「はい」と返事をした。


「お前がついていながら何だこのざまは。気配も全く消えていない、窓の引き方もまるで素人。お前は軍で訓練を受けたはずだろう」

「あ、そうですけど……まあ、除隊してだいぶたちますし」

 ヒビカが苦笑いを浮かべると、ヒビカは眉間にしわを寄せた。

「何がおかしい。私が敵だったらどうなっていたか考えろ」

 リズはすぐに姿勢を正した。

「はい。反省して、気を付けます」


 ヒビカは二人を叱り終えると体をそらせ、ラバロの元へマナを引き寄せた。

「頼む」


 マナが先ほどと同じようにラバロの身体に手をかざす。だが、何の変化も起きなかった。

「あれ……どうして?」

 マナが手を振ったり、軽くラバロの身体を叩いたりするが、やはり変化はない。コッパが「うーん」とうなった。


「生身の身体じゃなくて、アーマーだからな……それでダメなのかもしれない」



 肩を落としてマナ達が帰ると、ヒビカはすぐに部屋の明かりを消し、眠りについた。ラバロがこれからどうなるか考えながら。



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