第83話 負けた二人
「ミカ、さっさと着替えろ! ゲンガ、朝食の前に歯を磨かないか! ゲント、マコとガンマを起こしてこい!」
子供が四人もいるため、朝は毎日大騒ぎだ。テーブルの上には、五つの小皿。それぞれスクランブルエッグとベーコン、レタスにトマトが乗っている。そして中央にある大皿には、バターロールが五つ。
やっと着替えを終えたミカが、イスに座った。
「ねえお姉ちゃん、果物は?」
「これを食べ終わってからだ」
ゲンガもイスに座り、バターロールに手を伸ばす。
「ゲンガ待て! 歯は磨いたのか?」
「うん」
「口を開けてみろ」
開けない。
「開けて見せてみろ!」
ヒビカが無理やりこじ開ける。そして「磨いてこい!」と頭をはたいてイスから降ろす。ガンマとマコがやってきた。
「ヒビカ、今日の果物何だよ」
「スイカだ。だが朝食を食べ終わってからだぞ」
「ねえお姉ちゃん、牛乳は?」
「あ……すまない、忘れていた。今注ぐから待っていろ」
ゲントがバターロールを一つ、オーブントースターに入れた。それをヒビカが横目で捉える。
「ゲント、ガンマの分も焼いてくれ。すぐ焦げるから気を付けろよ」
「あー」とミカがピョンピョン飛び跳ねる。
「私がタイマーやる! 私が丸いのジジーッて回すー!」
子供達を学校に送り出し、ラバロの水槽の水を取り替え、洗濯物を乾燥機に押し込むと、ヒビカはやっと自分の朝食を食べ始めた。バターロールにジャムだけだ。
「テメエよ……いい母ちゃんじゃねえかよ」
ラバロがそう言った。昨日より声がかすれている。
「私は母ではない」
「イイ嫁になるだろうによ、何で軍隊になんか行ったんだよ」
「私の勝手だ」
「『勝手』だあ? こんなに家族に尽くしてる女が、よく言うぜ」
ラバロは笑った。だが、すぐに苦しそうに咳き込む。
「アサガリから聞いたぞ。テメエ、軍隊クビになったんだろ? アイツにハメられて」
「そうだ」
「俺もアイツにハメられたわけだ。実験台にされた。俺達二人とも、アイツに負けたんだなあ」
ヒビカはピクッと頬を動かしたが、何も言わなかった。ラバロはまた苦しそうに咳き込む。
「うう……おい、俺はどうせ今日の夜にも死ぬ。いっそのこと今殺してくれよ」
「ダメだ。どうせすぐ死ぬなら、最後まで生きろ」
「頼むよ。苦しいんだ……こんな格好で生きていたくねえ」
「……ダメだ」
*
マナ達は霊獣を探して、昨日鹿達に教えてもらった住処までやってきていた。森の中の、木々が少しだけ開けた場所にある泉だ。
ザハの助言で、泉から少しだけ離れた草陰に全員隠れて、鹿が現れるのを待っていた。
「コッパ、少し寝る?」
さっきからマナの肩の上で、コッパの頭がカクンカクンと揺れていた。昨日の夜眠るのが遅かったため、相当眠いらしい。
「いや……オイラが寝ちまったら、霊獣が来た時……色々大変だろ」
目を両手でぐりぐりこするコッパに、リズがタッパーを開いて差し出した。
「リンゴ食うか?」
コッパは一かけらリンゴを取り出してかじった。もぐもぐ噛んでいるが、顔はどうしようもなく眠そうだ。そのうち、コッパの動きが止まった。
リズが声を立てずに笑った。
「こいつ、リンゴ持ったまま寝ちゃったよ」
「夜遅かったからね。少し寝かせてあげよっか」
パンクはジョウとザハの奥にいるシンシアを覗き込んでいた。昨日の戦闘と力仕事で疲れたのか、ジョイスやヤーニンと一緒に横になって寝ている。
「なあジョウ……シンシアって、マジでカワイイよなぁ」
やはり横になっていたジョウは、体を起こした。特別そうは思っていないものの、否定するのも気がひける。
「うん……まあ」
「超カワイイだろ。あの三人で一番カワイイ。お前、三人の中で誰が一番カワイイと思う?」
笑いながら「知らねえよ」とジョウ。
「ハァ? 知らねぇじゃねぇよ。あるだろそういうの。実際あるだろ。あるだろ?! 誰だよ」
「んー、ヤーニン」
「えぇー? アイツってさ、お前より年上なのに子供っぽくねぇ?」
「そういうとこが。まあ、そんな好きって程でもないけど」
「へぇー。ザハさんは?」
ザハは本を読みながら一言。
「女性には興味がないんだ。私は」
「ウッソォ?! あるっしょ?」
「ないね。本当に」
「マジかよ」と言うと、パンクはジョウを引っ張って無理やりシンシアの方を向かせた。
「絶対シンシアが一番カワイイだろ。だろ?」
一番奥で寝ていたジョイスがガバッと上半身を持ち上げた。「うっ」と固まるパンクとジョウ。
じとっとした目で二人を見るジョイスが、口だけ動かして伝えてきたのは……
『あんたら死ぬほど気持ち悪い』
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