第25話 深海にて、メリバルと
マナとリズとジョウの三人が、無線付き深海スーツに着替え、コッパはマナのヘルメットに潜り込んだ。そして、潜水艦の底にある小さな部屋へぎゅうぎゅう詰めに入る。
「ぐええっ、おいマナ、もっと顔そっちにやってくれよ! 苦しい!」
「いたた! もう無理だよ!」
「何だよこの部屋、海に出るんじゃないのか? おい、俺のケツ触ってるの誰だ!」
「悪い、あたしだ。外は水圧がすさまじいから、内部の安全のために一つ部屋を介すんだよ。ハッチを開けるぞ」
四人が海へと出た。ヘルメット一つ一つにライトがついていて、それぞれその明かりを頼りにリュウグウノツカイの目へと向かい、その瞳の中央に集まった。
「来てくれてありがとうってよ」
「そんな、ありがとうだなんて……私はマナ。こっちはリズ、そしてジョウ。あなたのお名前、教えてもらえる?」
「記憶が曖昧だけど、確か『メリバル』だと」
「曖昧って! 自分の名前も覚えてないのかよ」
ジョウの言葉をコッパが訳すと、またしてもゴゴゴゴ! と海が揺れた。
「また笑ったぞ。こいつ、笑ったのは今日が四億年ぶりらしい」
マナが嬉しそうに「すごい!」と手を叩く。
「歴史的瞬間だね! そんな瞬間をあなたと一緒に過ごせて、私最高に幸せ」
リズが顔を持ち上げ、コッパを呼んだ。
「おいコッパ。メリバルは、ずっと泳ぎ続けてるのか?」
「生まれた時からずっとだと。だから、海に住んでる生き物はみんな知ってるって。その中には、アロマ何とかみたいに、もう会えなくなったやつらも星の数ほどいるんだってさ」
マナはメリバルの瞳に頬をよせた。
「寂しい別れをたくさん知ってるんだね。それでもずっとこうして海の生き物たちのために泳ぎ続けてるんだ」
リズもマナの真似をして頬を寄せた。ジョウは恥ずかしいのか、少し遠慮気味に。
「これからもあなたの幸せを願ってるからね。別れの後には、必ず素敵な出会いがありますように」
「君たちも道中気を付けてとさ。久しぶりに笑えて楽しかったって」
ランプには深い青の灯が、新たに灯った。
*
「あああ! こんなに感動したのは何年ぶりか分からないよ」
ザハは、潜水艦の中から見ただけにも関わらず、涙を流して感動している。眼鏡をはずしてハンカチで顔をごしごしこすりながら、興奮気味に言った。
「私は今日、太古の昔からこの星の海を泳ぎ続けている、聖なる魚をこの目で見たんだ。こんなに感動したのは、サカモリヒレエイの同性交配を発見した時以来だ。実に十三年ぶりだよ! こんな素晴らしいことはない」
マナ達は今さっき、四億年ぶりの笑いを聴いてきたばかりだ。どうも、なんとなく申し訳ない。
「マナ君! 君たちはこんな感動の連続を経験しながら旅をしているのか。心の底から羨ましい!」
マナは思わず笑ってしまった。
「ザハさん、そんなに感動できるのってすごいよ。あなたの海の生き物への愛も、メリバルに伝えてあげたかったな」
「いや、私は全く泳げないからね。海に自分で潜るのは不可能なんだ。私は窓越しに彼を見られただけで大満足だよ」
ジョウはタブカの肩を叩いた。
「タブカ、お前も途中で交代して来ればよかったのに」
「いやあ、そうしたいのはやまやまだったんですけど、潜水時間にも限界がありますし、僕はみなさんの旅のお供をしているだけですから。僕も窓越しに見られただけで充分満足です」
ぐらん、と潜水艦が揺れた。続けてガチャン、という音が天井から。
「海の上に上がったよ。ハッチ開けたから、空気を入れ替えながら、順番に新鮮な空気を吸おう」
リズが運転席から立ち上がり、天井のハッチを押し上げた。マナとコッパ、そしてリズがハッチから顔を出す。
「あー、気持ちいい。綺麗な空気。空も青いね。コッパ、吸ってごらんほら」
「言われなくても吸ってるよ。確かに、気持ちいいな。ウマい空気だ」
リズがコッパの頭をこちょこちょとなでた。
「リンゴとどっちがウマい?」
「今はこの空気かな。あと三回吸ったら、リンゴになる」
「あははは」
笑いながらまたコッパの頭をなでるリズ。
「ねえリズ、パンサーの修理に使う部品、見つけられたの?」
「いや、ダメだった。パンサーが直るのは、もう少し先になりそうだね」
「それなら、もう少し一緒に旅しない? 行く先で見つかるかもしれないし」
「そうだね……んー……」
コッパが「何だよ」とリズの手を取る。
「一緒に行こうぜ。リズは頼りになるし、オイラも楽しいし」
ためらいながらもリズが口を開いた時だった。
ガアァン! と耳をつんざくような爆発音とともに大きく揺れる潜水艦。海に放り出されそうになったコッパの尻尾をリズがつかんで引き戻した。続けてすぐにコッパとマナの頭を潜水艦の中に押し込む。入れ替わるようにタブカが登ってきた。
「リズさん、奴らです! 中へ!」
「わ、分かってる! タブカ、あんたも……」
「僕はみなさんの護衛と同時に、あいつらを捕らえるよう命令を受けています。とにかくリズさんは中へ」
そう言い残し、タブカは海の上へ飛び降りた。軍人のブーツはアーマーになっていて、沼地や砂や水の上などを平地と同じように歩くことができる。
リズは中に戻らずにタブカの走る先を見た。小型ボートから、タブカと同じくアーマーブーツをはいた三人が降りた。
「リズ、何やってんだよ。早く潜航しろって」
下からジョウがリズの足を引っ張る。
「ダメだ。さっきの砲弾が船体に当たってたら、傷があるかもしれない。潜るのはもう無理だ」
「ウラアアア!」
ジョイスの雄叫びが響き渡る。アーマーで強化されたパンチをタブカが太いムチのような剣で受け止め、押し返した。入れ替わりに飛び込んできたヤーニンのレイピアも、タブカは剣ではじく。脇から回り込んできたジョイスの二度目の拳は、剣をしならせて受け止めた。
「へえ、やるじゃん。でも、これはどうかな!」
ジョイスが海面を殴ると、大きな水柱が打ちあがった。さらに、それが一瞬にして凍り付く。
タブカの攻撃をかわしながらジョイスが海面を殴り、ヤーニンがそれをレイピアで凍らせ、辺りは氷の柱だらけになった。二人はその陰に隠れる。
「ホラこっちだ!」
タブカの背後の柱が砕け散り、タブカを襲う。熱を帯びた剣でもとかし切れず、大きな氷の塊がタブカの頭を直撃した。
「ぐあっ!」
海に倒れ込み、沈みかけたタブカを、ジョイスの拳が上から殴りつけた。
「ヤーニン、やれっ!」
タブカが沈んだ海面を、ヤーニンがレイピアで凍らせ、一瞬で海に閉じ込めてしまった。
「私が出る幕はなかったね」
シンシアがそう言いながら、ジョイスとヤーニンの前を通り過ぎる。
「ランプは私が持ってくる。あなたたちはそいつが出てこないか見張ってて」
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