第26話 海上での戦闘




 リズが艦内に飛び込みながら大声で言った。

「全員、救命胴衣つけてるな?」

 すぐに運転席に座り、エンジンをかける。ところが前進させようとする前に、鼓膜が破れるほど大きな爆発音と水しぶきの音が響き、潜水艦がひっくり返った。マナの叫び声が艦内に響く。


「全員無事か?!」

 水が漏れて入ってきている艦内で、全員リズに返事をする。

「完全にひっくり返された。開いたままになってるハッチから海に潜って外に出るよ!」

「ええっ!」とザハが半分泣きそうな声で言う。

「私は泳げないんだ! ひっくり返ったんだから、深海に出る時使った船底の入り口から出るべきだろう?」


「ダメだ! 今そっちを開けたら、そこから一気に空気が抜けて潜水艦が沈むよ! それに巻き込まれたら、人の力じゃどうにもならない!」

「だ、だけど……」

「泳げないならあたしが海面まで引っ張って連れてってやる! とにかく下のハッチから出な!」


「マ、マナ……オイラも、泳げないんだけど。息も続かないかも」

 そう言ったコッパにマナは小さくささやいた。



「ランプにつかまってて。そうすれば息はもつから」



 すぐに海の中へ潜り、潜水艦を伝って海面へのぼる。「ぶはっ」と顔を出した瞬間、マナは胸倉をひっつかまれた。


「ドンピシャ」


 待ち構えていたシンシアがマナの身体を持ち上げて、背中のリュックにあるランプに手を伸ばす。

「や、やめて! 離して!」

「悪いけど、私達も後がないの。殺しはしないから……」


 グバン! と空気が割れるような音と共に、鋭い衝撃波がシンシアを横から襲った。真っすぐ吹き飛ぶシンシアとは別に、マナは空中で回転しながら落下し、リズに受け止められて着水した。

「大丈夫かマナ」

「だ、大丈夫。今のは?」

 リズは「あれだ」とあごで指す。遠くに見える人影。


「ヒビカ大将だ。もう心配いらない」

 そう言いながらリズは、マナを潜水艦の上へ引き上げた。




「ぶはっ!」

 シンシアが海から這い出てきた。銃を構えようと持ち上げると、再び衝撃波がシンシアを宙へ放った。


「危ない!」

 かけよってきたヤーニンがシンシアを受け止める。

「シンシア、あれ誰?」

「分からない」


 ヒビカが水面を走り出した。風のように速く、レイピアで切りかかろうとしたヤーニンの後ろに回り込み、踵落としで海に沈めると同時に、持っている剣でシンシアをなぎ倒した。


「コラ! あんた、何してくれてんだよ!」

 ジョイスが向かってくるのを見ると、ヒビカは剣を持ち直し、大きく振りかぶった。剣は海水を吸い寄せながらまとい、大きくなっていく。

「はあっ!!」

 ヒビカの一振りで、海の表面が削れるようにはじけ飛んだ。ジョイスは空中高く舞い上げられ、海に落下。いくつもあった氷の柱も、一つ残らず粉々に砕け散った。


「お姉ちゃァーん! ちょっと、勝てないよー!」

「ジョイス、ボートを!」

 ヤーニンとシンシアがボートへと逃げる。ジョイスは先にボートへ乗り込みエンジンをかけ、すぐに発進させた。ヤーニンとシンシアがボートに飛び乗ると一気に加速し、逃げていく。


 上空から銃弾がボートに降り注いだ。応援に来たミニワスプの機銃掃射だ。ボートは海を縫うようにかわしながら逃げていく。


 ヒビカは左手をかざし、フワフワと横に振った。すると、ミニワスプの銃弾が、ぐにゃりと軌道を変え、ボートに直撃。爆発した。


「強い……何者なんだよ、あの人」

 ジョウが半ば呆然とそう言うと、「聞いた事ないか?」とリズ。

「『海の死神ヒビカ』。海の上であの人に勝てる人間はいないって言われてる」



 ざばっ、と水から誰かが現れ、驚いたマナは思わず声を上げた。


「いやー、死ぬかと思いました」

 タブカだ。ぜえぜえと息を切らせながら、潜水艦の上に体を乗り上げた。

「マナさん、本当に申し訳ありません。海の上では、私一人では力不足でした。ブーツも壊れてしまって。いやー、身の程を知りました」


「ううん、守ってくれてありがとう」

 マナがタブカの肩に手を置き、タブカは胸を動かして息をしながら、その手に自分の手を重ねた。



「全員、無事でなにより」

 ヒビカは潜水艦まで歩いてきてそう言うと、剣を腰に戻した。

「潜水艦はミニワスプでオッカまでけん引する。全員、潜水艦の上へ」




                 *




 オッカの船着き場。びしょびしょになった五人がようやく陸に上がった。

「ザハさん、ごめんなさい。潜水艦をこんなにしちゃって」

「何を言っているんだ。私はマナ君のおかげで、一生に一度かもしれない経験ができたんだ。むしろ、礼を言わせてくれ」


「でも、グシャグシャになっちゃったよなあ。どうすんだ? オッカで、ここまで壊れた潜水艦、修理できるの?」

 ジョウがそう聞くと、ザハは髪の毛をごしごしと手のひらの付け根でこすった。

「どうだろうね。私にはよく分からないが、まあどうでもいい。直す気はないよ。お金もかかるし、これはもうスクラップだな」


 ヒビカ以外全員「ええっ?!」と驚く。父親から受け継いだというこの潜水艦を、こうもあっさりと……。


「まあ、物にはこだわりがないんだ。私は」

 ジョウが慌ててザハに「じゃあ」と提案する。

「俺にくれよ、この潜水艦! スクラップにするくらいならさ」


「何だ? 君はこんな壊れた潜水艦が欲しいのかい? 欲しければ持って行ってくれて構わないよ」


「やったリズ! これでパンサーが直せる!」

 大喜びのジョウと、マナとコッパに少し気を遣いながらも、やはり喜ぶリズ。これで決まってしまった。マナと二人はここでお別れだ。


「そんなことよりもだ!」


 ザハはマナの手を無理やり取ると、両手で握手をしながらブンブン振った。

「マナ君! 君の旅に僕も同行させてくれ!」

「え、ええっ?! でも、深海にはもう潜らないと思いますよ? 海に来るかだってどうか……」


「構わない。私はこの星で生きる生き物たちの力で身を震わせ、感動したいんだ! 是が非でも連れて行ってくれ! 頼む!」




                 *




 オッカの沖十キロほど。海の上で、三人が泳いでいた。


「お姉ちゃん、やっぱりオッカに行こうよー」

「行くわけないでしょうが! みすみす捕まって、処刑されるのがオチだよ」

「でもさあ、アーマーブーツも壊れちゃったし、ここから陸まで泳ぐなんて無茶だよお。死んじゃう」

「確かに」とシンシアも同意。

「処刑されて死ぬか、おぼれて死ぬかの違いだけ」


「死んでたまるかっての!」

 ジョイスはそう言って小さな通話端末を取り出し、アンテナを引き出した。


「えっ、ジャオに連絡するの?! また失敗したのに、どんな目にあわされるか分からないよ!」半べそのヤーニンの頭を「うるっさい!」とはたくジョイス。

「死ぬよりマシでしょ!」

 そう言って端末のスイッチを入れた。



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