第24話 銀色の正体、銀色の招待




「ヒビカ大将」


 オッカの船着き場、マナ達が出発した場所で留守番をしているヒビカに後ろから声をかけたのは

「これは、アサガリ大将。私に何か御用ですか?」

 アサガリはムッと顔をしかめる。

「私の好意を踏みにじったからには、それなりの覚悟をしているのだろうね」



 ヒビカとアサガリは、マナ達が到着する数日前にオッカに到着していた。海軍支部の建物に泊まるヒビカをアサガリは半ば無理やり誘い出し、食事を共にした。その後、アサガリは勝手に予約していた宿に、一緒に泊まろうと言い出したのだ。

 それをヒビカがキッパリ断ったのが、アサガリの反感を買った。元からセクハラ中年オヤジのアサガリを心の底から軽蔑していたヒビカには、嫌われて距離を取られるのは願ったり叶ったりではある。


「覚悟ですか? いえ、全く。私はアサガリ大将殿が任務と無関係の私事によって、私を脅すような愚図ではないと分かっていますから、特に何の覚悟もしておりません」

 ヒビカの挑発的な答えに、アサガリは顔を真っ赤にした。

「いいか! 分をわきまえない貴様のような女は、いつか泣きを見ることになる」


「泣きはもう見ています。尊敬するべきところなどどこにもない男が、狭い飛行機に無理やり相席してきて、しつこくちょっかいまで出してきたのですから」


「きっ、貴様っ……っ! いつか貴様を私の足元に跪かせて、屈服させてやるぞ! 土下座で命乞いをさせてやる! 覚えておけ!!」


 負け惜しみを吐き捨て、アサガリは去っていった。




                 *




「信じられない……何て大きいの……」

 マナ達は、深海の底に流れる銀色の海流すぐ近くまで来ていた。ところが、近付いてみるとそれは海流ではなかった。

 見えているのは、大きな銀色のうろこ。つまり、海流のように見えた銀色の流れそのものがリュウグウノツカイだったのだ。


「一体どれだけ体が長いんだ? 全然頭が見えないぞ」

 ジョウは窓から前方をうかがっている。リズがライトを前に向けても、どこまでも銀色のウロコが続いているだけだ。頭を探してずっと進んでいるものの、一向に見えてこない。


「素晴らしい。何て素晴らしいんだ。体長二十メートルのオオトラザメが小さく見えてしまうな」

 ザハはうっとりとそう言った。マナが聞いていた通り、このリュウグウノツカイの近くには、ありとあらゆる生き物が一緒に泳いでいる。


「おお! パキイルカだ! 彼らは、頭にある甲羅をぶつけ合ってメスを取り合ったり、敵を攻撃したりするんだよ」


「あれはイエウミガメ。大きな甲羅の穴の中には子ガメたちがいるんだ。甲羅が大きいオスがモテる」


「ダンガンシャチの群れだ! 彼らは海で最強なんだよ。さっき見たオオトラザメを遊びでなぶり殺しにしてしまうほどだ」

 次々と現れる生き物たちを、ザハが丁寧に解説してくれている。


「ザハさん、うろこに貼り付いているあれは何でしょう?」

「あれはパントマイムダコだね。水に吸盤をくっつけることができ、泳がずに移動したり、急停止、急発進することができる、珍しいタコだ」

「じゃあ、あそこで群れてる小さい魚は?」

「オリガミイワシだ。今は小さく見えるが、体を広げて大きくしたり、折り方を変えて別の形になって、敵を威嚇する」


 タブカやジョウの質問にも一つ一つ丁寧に答えてくれる。みなそれを楽しみながらしばらく進むと、ようやくリュウグウノツカイの頭が見えてきた。



「大きすぎるな……目がある所まで降りるよ」

 リズがハンドルを倒して少しすると、潜水艦が丸ごと入ってしまうほどの大きな目が現れた。

「コッパ、話しかけてみて」

「あ、ああ。聞こえるかな? こんだけデカくて」


 コッパが顔を窓に擦りつけて小さく「キュウキュウ」と鳴き声を上げると、突然海がゴゴゴゴ、と揺れ出した。リズが慌てて舵をつかみ直して体制を立て直す。

「わ、笑った! こいつ笑ったよ!」

 コッパはそう言いながら逃げるようにマナに飛びついた。

「笑った?! まさか、今海が揺れたのって……」

「こいつが笑ったんだよ」

「どうして笑ったの?」

「もう滅んだはずの懐かしい仲間かと思ったら、オモチャだったのか! って。つまり、この潜水艦を本物のアロマなんとかと勘違いしたんだよ」


「アロマなんとかじゃない。アノマロカリスだ! なんて素晴らしい……なんて素晴らしいんだ!! アノマロカリスは五億年以上前に絶滅した種族なんだ。そのアノマロカリスを彼は懐かしいと?! そんな太古の昔からこの星の海の生き物たちを支えていたのか!」

 ザハは熱く語るあまり、涙を流し始めた。


 マナは潜水艦の窓にグッと顔を近付けた。

「ここから私が話して聴こえるかな?」

「あ、マナ待て。こいつ、潜水艦で自分につかまれって言ってるぞ」

「よし」とリズ。

「目の少し後ろに、潜水艦のアームを引っかけよう」

「それと、出てこられるか? って」


 リズが後ろを親指で示した。

「後ろにダイビング用のセットがある。深海でも潜れるヤツだ」

 タブカが運転席までやってきてリズの肩を叩いた。

「僕が舵を握りますよ。つかまっているだけなら、僕でもできますから。リズさんは、マナさん達と一緒に、彼に会いに行ってください」

 信用しきっていないタブカにハンドルを握らせるのをためらうリズ。それをジョウが無理やり引っ張り、タブカが操縦席に座った。


「リズ、どれに着替えたらいいの? このウェットスーツ?」

「その前に、自分の水着は持ってる?」

「持ってる」

「まずそれに着替えな。その次にウェットスーツ。次に、奥にある宇宙服みたいな深海用スーツとヘルメット。さて、男ども!」

 ジョウとタブカとザハは、リズの大声で肩を震わせた。


「あたしがいいって言うまで、絶対にこっち見るなよ。もし見たら、裸で深海に放り出してやるからね」



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