第23話 深海へ
ザハの持つ潜水艦を、ジョウは食い入るように見つめていた。
「ザハさん、これ後ろにスクリューついてないけど、ひょっとして側面にあるヒレみたいなので進むの?」
「ああ。その通りだ。これは私と同じく生物学者だった父から受け継いだものでね。はるか昔に海に生息していた『アノマロカリス』という節足動物を模して造られているんだよ」
「頭の方に二本くっついてるのはアーム?」
「その通り。これも実際にアノマロカリスに着いていたものを模して造られているんだよ。図鑑を見てみるかい?」
二人で話し込みそうになっている所に、リズが入り込んだ。
「なあザハ、この潜水艦、正直言ってノロそうに見えるんだけど、最高何ノットまで出る?」
「ん? まあ、それなりかな。私が最後に乗せてもらった時は、モーターボートを飛ばしてる位のスピードは出ていたよ」
一瞬固まるリズ。
「『乗せてもらった』って、あんた操縦できないのか? この潜水艦のスペックもはっきりしないってことなんだね?」
ザハは特に戸惑う様子もなく、開き直ったような雰囲気で「ははは」と笑った。
「私は父から受け継いだだけだからね。アノマロカリスを模している、ということくらいしか知らないんだよ。中にマニュアルがあったはずだから、それを読むといい」
「ええっ?!」とマナ。
「じゃあ、操縦は誰がするの?」
「何だ? 君たち、貸してくれと言いながら誰も操縦できないのか?」
「だ、誰か……できる?」
マナがそう言って見渡すとリズが、仕方ないな、という雰囲気でゆっくり手を挙げた。マナが「よかった」と胸をなでおろす。だがそこでザハが「でもね」と付け加えた。
「この潜水艦は人間五人までしか乗れないんだ。ゲルカメレオンのコッパ君も乗せたらギリギリだ。誰か一人はここで待ってもらっていないといけないな」
すぐにジョウが言う。
「じゃあ、ヒビカさんが待ってればいいよ。どうせ霊獣になんか興味ないだろ? 護衛はタブカがいれば充分だし」
ヒビカ本人を含めて誰も反対しなかったため、そのまま決定となった。
*
キリキリキリキリキリ……
リズが足元にある何かのハンドルを回す。年季が入っているこの潜水艦は、何かを操作するたびにこんな音が鳴る。
「全員、救命胴衣はつけたね? あたしは飛行機と違って潜水艦の運転にはあんまし慣れてないから揺れるだろうけど、我慢してもらうよ」
ゆっくりと海底深く潜っていく。マナはリズの隣の助手席で、資料の海図を開いていた。
「このまま潜っていくと、銀色の流れが見えるんだって。それを流れる方向にたどっていくと、そこにいるみたい」
マナは窓を覗き込みながら足をパタパタと動かしていた。潜水艦で海に潜るのは初めてだ。霊獣も楽しみだが、他の深海生物を見るのも楽しみだ。
「ここから先はどんどん暗くなる。ライトつけるからね」
リズが潜水艦内と外のサーチライトを点灯させた。パッと視界が明るくなり、同時に窓の外でヒュッと何かが動く。
「あっあっ、今何かいた!」
「どっち?」
「あっち! 左の方!」
リズがライトの方向を変える。一瞬、一つ目の魚がライトに照らし出され、すぐにひらりと消えていった。
「うわっ、何今の! コッパ、見た?」
「見た。アイツの声も聞こえたけど、チョーびっくりしてたぞ。『うわああっ』てな」
「深海では、こんな明るい光に照らされることはないからね」
ザハがマナの隣にやってきた。
「今のはミツクチクモウナギだ。口が三つで蜘蛛のように尻尾が八本。目は一つに見えるが、実は体の裏にもう一つある」
「なかなか不気味ですね」
タブカがそう言うと、ザハは「とんでもない」と振り返る。
「彼の身体は、深海で生きていくには実に理想的。とても美しい体と言える」
「えー、美しいかあ?」とジョウ。
「分かってないねジョウ君。『美しい』というのは価値観の問題だ。深海で悠々と生きる彼らに、地上でちまちま生きている私たちの価値観を押し付けるのはナンセンスだ。彼らと価値観を共有している私は、その美しさが分かるのさ」
「オイラには分かるな。一人だけゲルカメレオンだから、マナ達と微妙な価値観の差をいつも感じてるぞ」
コッパがそう言って目をぐるぐる動かして見せると、ザハがガッとコッパを抱き上げた。
「素晴らしい! 君は素晴らしい! コッパ君、君は私達人間と地球上の全ての命を繋ぐ架け橋となれる唯一無二の存在だ」
「ヘヘヘヘ」と少し恥ずかしそうに笑うコッパ。
「マナ、あれか?」
リズがライトを下へ動かした。マナがそちらを覗き込む。遙か下の方に、ぼんやりと銀色に輝く流れが見えた。
「きっとあれだ! なんだか深海の銀河みたいだね。綺麗だな……うぐっ!」
マナを押しつぶすようにザハが窓に貼り付いた。
「初めて見るな……。あれは深層海流か? だが、なぜあんな色が?」
「俺にも見せろって」
「僕も是非」
ジョウとタブカまでマナの背中の上にのしかかる。「苦しい!」というマナの声は、夢中になっているみんなには聞こえないようだ。
「もう少し近付くよ。全員席に戻りな」
リズがまたハンドルをキリキリ回し始めた。
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