第89話 コントロール崩壊




 連合国首都ジャンガイ。国防大臣ガラが、公用車で国会へと向かっていた。

「ジェミル、いい加減にしてくれ!」

 電話の相手に声を抑えながらも厳しい口調のガラ。


「しばらくおとなしくすると約束しただろう。一体、君が今やってる作戦は何なんだ。これから国会の予算審議で質問されることになっているんだぞ。どう答えればいい」


 相手の返事を聞き、ガラの焦りはつのっていく。

「た、確かに国会の事は任せろとは言った。だが、情報共有ができていることが前提だ! 作戦の内容を全く知らされてもいないのに……もしもし? もしもし! ……くそっ!!」

 ガラは車載電話の受話器を叩きつけた。





「アードボルト総理! 今日この時間に『陸軍連続機密作戦問題』の質問をするとお知らせしてあったはずです! ガラ国防大臣が来ないなら、総理が責任を持って答弁をお願いします!」

 野党議員の追及に、アードボルトのしどろもどろな答弁が、広い予算審議室にマイクで響き渡る。

「えー、いわゆる『陸軍連続機密作戦問題』につきましては、その……国防大臣がしっかり統率している、我が連合国陸軍が、えー、我が国の安全保障上の必要性に基づいて、行っておりまして……と、いうわけであります。ですので……」


「作戦の内容を聞いてるんだ!」

「必要性の具体的説明をしろよ!」

 野次の嵐が巻き起こった。そこに汗だくで飛び込んでくるガラ。アードボルトもさすがに顔をしかめながら手で「早く!!」と呼び寄せる。ガラがマイクの前に立った。


「遅くなりまして申し訳ありません。ご質問にお答えさせて頂きます」


「ではガラ国防大臣に伺います。一連の連続機密作戦は、どのような必要性から何をするために行われているのですか」


 国防省の官僚が、ガラにメモを渡す。

「えー、個別の作戦について、その内容をここでご説明することは控えさせて頂きますが……」


「メモを読み上げればすむと思ってるのか?!」

「国会を馬鹿にするな!」

 またしても野次の嵐。


「ガラ大臣! この一連の作戦は、民間人の死傷者も出しているのです。なぜマルファリアやポドガ、グリズマールといった、軍事基地もなく、国境沿いでもない治安のいい街であんな作戦が展開されるのか。ガラ大臣はこの作戦を把握していたのですか?」


「もちろん、私は国防大臣ですから、作戦に関して、報告は受けております」

「事前ですか、事後ですか」

「えー、このような作戦が、必要だと、そういうことを」


 さらに野次が巻き起こる。

「報告を受けたのはいつなんだ!」

「あんたがゴーサインを出したのか?!」

文民統制シビリアンコントロールはどうなってる!」



「お、お静まり下さい。ですから、私はハンゾ・タクラ陸軍元帥が上げてきた作戦に関して、大まかにその内容を聞かされ、あくまで『必要最小限の武力』という、法律にのっとった条件で、その作戦の実施を許可したわけであります。国内の戦場となっていない場所での戦闘兵器を用いる作戦は、私が許可を出さない限りは実施できないわけでありまして、文民統制シビリアンコントロールは問題なく効いております」


「どの程度内容を把握していたのですか。具体的に言うと、その段階で、民間人の国民の死傷者が出る可能性は予想できましたか」


 ガラはマイクの前で考え込んだ。「できた」と答えれば『必要最小限の武力』という自分の言葉と合わせて、犠牲者が出た今回の一連の作戦の詳細を開示することが、法律で定められている。

 だが「できなかった」と答えれば当然、管理能力を問われることになる。世論が高まれば、いかに政府与党といえど、ガラの地位を守り切れるかは分からない。

 天秤にかけ、答えた。


「……できませんでした」





 マナ達がイッランやロルガシュタットという地方の街を巡っている間、陸軍はまたしても謎の作戦を実施していたのだ。

 マルファリア、ポドガ、グリズマールという連合国内の三つの街で、ガンボールやエラスモなどを投入し、街やその周辺の一部を破壊した。

 表向きに掲げられた目的は、レポガニスで行った際と同じ『国際テロ組織の一掃』というもの。実際、ジャオの組織は連合国のありとあらゆる街に支部のようなものを持っている上に、世の中には他にも反社会的な武装組織がある。

 だが、野党議員どころか政府与党、もちろん国民も、それがこの作戦の真実だとは信じていなかった。『戦果』が全く、これっぽっちも出てこないのだ。

 真実ではないことはもちろんガラにも分かっていたが、では本当の目的は何か。それはジェミルから知らされてはいない。




 質問台に立つ野党議員が、ガラではなく、集まった議員にアピールするように言う。

「実はですね、私はとんでもない情報を入手しました。今回作戦が実施された三つの街には、いずれものです。しかも専門家の話では、その古代遺跡というのは、ある種の兵器ではないかと。そういう指摘もなされています。これにジェミル前陸軍元帥が、興味を示していたと」


 ガラの顔から汗が噴き出した。瞬きも多くなる。


「この作戦は、古代の兵器を手に入れたいという、言ってみれば陸軍の私利私欲のために実施されたものではないのですか!」


「そ、それは断じて違います。連合国軍の作戦行動は全て法律で定められている通り、私、国防大臣の統制下で、我が国の安全、公共の利益のために実施されるものであります」


「じゃあ作戦の内容を開示しろよ!」

「目的を把握してるのかどうかくらい答えろ!」

「民間人が死んでるんだぞ!」

 野次の中、ガラは汗を拭きながら必死に質問に答えていた。



 自席で頭を抱える総理大臣アードボルトの元に、与党のカザマ議員がやってきた。彼は、ガラがいなければ国防大臣になっていたはずの男だ。

「アードボルト、これはさすがにまずい。こうなったら君の権限で、ガラの頭越しに陸軍へ作戦記録の開示を命じなければ。法律上は可能だろう」

「う、うむ……そうだな……それも考えないと……」

「考えないとじゃない! すぐにでも……」


「ちょっと、カザマ議員! 答弁中ですよ。席に戻ってください」

 議長の指示で仕方なくカザマ議員は席に戻って行った。



「これが私からの最後の質問です!」

 飛び交う野次の中、野党議員が声を張り上げる。

「すでに作戦行動のあった三つの街以外にも、がもう一か所だけあります。みなさんも名前くらいは聞いた事があるでしょう」


 ガラは次の質問を理解した。ジェミルからは何も聞いていない。さっきの電話で聞きそびれてしまった。




「ジャングルの樹上都市ラグハングルにて、陸軍の作戦行動の予定はありますか?」




「あ……ありません」

 何も知らされていない。この先どうなるか分からない。何も根拠はないにも関わらず、ありませんと答弁する国防大臣。

 ガラは、連合国陸軍における自分ひいては政治のコントロールが完全に崩壊した事を身をもって理解した。



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