第90話 喧嘩
パンサーが降りたのは、ラグハングル『第三塔』のヘリポート。
ラグハングルは、見上げればうねるように空を覆い尽くす木々。それと一体になるように吊り橋や通路が渡され、太い幹や枝の間には床板が敷き詰められている。
建物はみな、木造の小さなものだが、住居や様々な店が立ち並び、大勢の人でにぎわっていた。
そんな街の一角にある地元の人から人気らしいヌードル店で、マナ達は遅めの朝食を食べていた。
「なかなかうまいね」
「うん」
四人掛けのテーブルに隣り合って座るリズとマナ。向かいにはジョウとザハが座って食べている。
緑色のスープの中に卵を練り込んだ黄色い麺、赤いかぶの漬物と、スライスされた白い丸い何かが乗っていた。
「ザハさん、この白い丸いの、何だか分かる?」
ジョウが箸でつついて見せると、ザハは「うん……」とためらった。
「そうだな、店を出たら教えよう。それまでのお楽しみだ」
「え、何だよそれ。気になるな……」
ズズッと麺をすするリズ。顔を上げると、向かいのジョウが顔をしかめていた。
「ん、何? ひょっとしてスープ飛んだ?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
ジョウはリズが着ている黒いタンクトップの胸元を指さした。
「お前がヌードル食う時に頭をグッと下げると、タンクトップから見えるんだよ。その……」
「ああ、胸? 別に、あたしはたいして気にしないから平気だよ」
リズが軽くそう言うと、ジョウは突然爆発した。
「俺が気になるって言ってんだよ! お前、そういうとこあるよな。ガサツっていうかさ。鼻かんだティッシュそのへんにポイとか、人前で平気で尻掻いたりとか。そのタンクトップだって、最後に洗ったのいつだよ! まさか、元は白かったのか?!」
リズは眉をひそめて「めんどくさ」とつぶやいた。それが火に油を注ぎ、ジョウの語気はさらに強まる。
「面倒くさいじゃないだろ! 大勢一緒に旅してんだから、もうちょっと……」
ガタン! と音を立ててリズが立ち上がった。ズボンのポケットをまさぐってくしゃくしゃのお札をマナの目の前に叩きつけるように置いた。
「これ、あたしの分のお代。先に外出てる」
「俺、何か悪いこと言った?!」
リズが出て行った後、ジョウはかえって不機嫌になっていた。
「うーん……ちょっと言い方がキツかったかな」
「オイラもそう思うぞ」
マナとコッパにそう言われても、ジョウは納得いかない様子。
「でも俺、間違った事言ってないだろ。なあザハさん」
「うん……まあ、リズ君のタンクトップが相当汗臭いのは確かだね。それは、みんな知っているだろう」
ジョウが「ほら」とマナを見ると、ザハは「だけどね」と付け足した。
「ジョウ君は、今までそういうことをリズ君に言ってこなかっただろう? なのに、急にまくしたてられて、ショックだったんだろう」
マナも少し笑いながら言った。
「『元は白かったのか』は、言わなくてもよかったよ」
ジョウは誰にも共感してもらえなかったのが気に入らなかったのか、さらにむくれて、ふてくされてしまった。
普段は仲良く近くにいる二人は、店を出てからもあからさまに目を合わせずに距離を置いていた。ジョウはリズに納得がいかず、リズは逆ギレしてしまったために引っ込みがつかないようだ。
「さあみんな、さっきのヌードルに乗っていた白い具材が何だったか、教えよう!」
別テーブルだったパンクやジョイス達もやはり分からず気になっていたようで、みなザハの元に集まった。
ザハはみんなの前で本を開き、一枚の写真を指さした。
「これだ。古来よりこの地域では、貴重なタンパク源なんだよ」
それは、『ナンコウガイオオツノムシの幼虫』と書かれた、巨大な白い虫の写真だった。
「ええええええっ! うえっ! うぉぁおえぇぇっ!!」
写真を見た瞬間、ヤーニンが身をよじりながら大声を上げた。
「ああああっ! おぅあおえええええっ! この写真の、この虫?! うぇあおぅええ!」
他のみんなも気持ち悪いと思っているものの、ヤーニンの反応があまりにすさまじく、表現する機会を失ってしまった。結果として、ヤーニンが一人で全員分表現している。
「うううううおぁおおぅええええええっ!! シンシア、シンシア!」
ヤーニンに肩を激しく揺さぶられ、シンシアはボソッと一言「何?」
「だってこれ! この白い虫食べちゃったんだよ私達!」
「もう分かった」
シンシアの苦々しい顔など見もせずに、ヤーニンは騒ぎ続ける。
「この白い虫だよ! さっきスライスされてたあの白いやつ! 中が柔らかくて外がプリッってなってたやつ!」
「分かっ……た!」
「これが今、私達のお腹の中に! シンシア、私が残したのも一枚食べたじゃん! 今シンシアのお腹の中にこの虫三枚も入ってるんだよ?! ああああ、今にも動き出しそう!!(←?) おうぅえぇあぁ!」
「うっ……!」
シンシアは口をおさえて、建物の陰に駆けこんでいった。「あれ……」とそれを見送るヤーニンの頭へ、ジョイスのげんこつがゴツンと一発。
「馬鹿だね!」
そんな騒ぎの間も、ジョウとリズはお互い目を合わせることもなく、不自然なまでに距離を開けて立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます