第34話 曇り空へ




「カンザ! 君は医者だろう? もう少しタブカ君のけがを診てやれないのか」

 帰りの汽車の中。ザハに怒られても、カンザはどこ吹く風で椅子に寝転がっている。

「タブカが自分で、出来ることは全部しちまったのさ。俺は医者だが、ここは病院じゃない。俺がすることはもう特にないんだよ。まあ、本人がご希望なら、寝る前に絵本でも読んでやろうか?」


 タブカは二人掛けの椅子に、撃たれた右足を伸ばして乗せている。

「ザハさん、ご心配ありがとうございます。僕は大丈夫ですから、あまりお気を立てずに。それより、ヒビカ大将……」

「ん?」と客室の外にいるヒビカが、タブカへ顔を向ける。


「シンシア・ツーアールと闘っている時に、『腑に落ちない』と言っておられましたが……あれはどういう意味合いだったのですか?」


「あの足止めは長すぎて非効率だ。恐らくシンシアとヤーニンは、最後に現れた呪術使いの女に服従させられているだろう。だから自分達の判断で引けなかったんだ。脅されて従っている……。にもかかわらず、私が倒した呪術使いの女をわざわざ助けて、一緒に逃げた。背後に組織があるのかもしれない。おそらく、リーダーのジョイスがそこに、人質として囚われている」


 タブカはまるで感激したようにため息をもらした。

「あの戦闘でそこまで読むことができるとは……本当に、流石ですね。闘うだけで精いっぱいだった僕では、足元にも及ばない」

「あまり買いかぶるな。実際のところは分からない。私の推測に縛られるなよ」


 マナは客室の外で、疲れて寝てしまったコッパの頭をそっと撫でている。自然と、誰にも聞こえないくらい小さな声で「コッパ」「コッパ」と何度もつぶやいていた。

 旅の始めからずっと一緒について来てくれている、かけがえのない相棒。今回は少し頑張らせすぎてしまった。

 マナは窓から外を見た。雲行きが怪しくなってきている。乗り換えの時に雨が降らなければいいが。


 これから向かうのは、『無限列車マイ・ザ=バイ』。そこには、見つけたものに幸運をもたらすというリスがいる。




                 *




 ダウトルート頂上。メイがほどけた髪の毛を三つ編みに結い直していた。後ろでは、うずくまるシンシアを何羽かの影ウサギがよってたかって蹴り飛ばしている。

 そしてその横には、メイに土下座して地面に頭をすりつけるヤーニン。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「謝られたって、時間は戻らないでしょ。ランプは手に入らなかった。ミッション……失敗」


「ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい!!」


「うるさい」とヤーニンを黙らせるメイ。

「意図せず暴走してコントロールできなかったとはいえ、『漆黒』の影を連れた私を倒すとはね。護衛があそこまで強いと、ちょっと事情が変わってくる」

 メイの手のひらに、ゆらゆらと影が揺らめき、小さな黒いスズメになった。そのスズメに、メイが紙を一枚飲み込ませる。


「あなた達の処刑はちょっと待ってもらうように、私からジャオ様にお願いしておくから、安心なさい。さすがにあの海軍大将と陸軍大尉二人相手にしながらランプを奪うとなると、頭数としてあなた達が必要だからね。もう少し作戦を練らないと」



 スズメは飛び立ち、曇り空の中へと消えていった。



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