第33話 漆黒
マナとコッパは、通路の奥をじっと見つめていた。薄暗いそこで、ゆっくりと、黄色い二つの目が開く。
「待ってたよ、おいで。だってよ」
ゆっくり近づくと、通路の行き止まりの壁にお尻を向けて、大きなガマガエルが座っていた。皮膚はイボイボで、顔はマナの身体と同じくらい大きい。
「痛いところはないかいって」
「痛いところ? ううん。大丈夫」
スオウはブシュウッと鼻から息を吐いた。
「こいつ、驚いてる。あんなに高いところから落ちたのにって」
「心配してくれてありがとう。私、あなたに会いたくてここまで来たの。名前はマナ」
「どうして影に追われてたのかって聞いてるぞ」
「あのウサギ? これを狙ってるの」
ランプを取り出して見せるマナ。スオウはパチッと瞬きし、口をもぐもぐ動かした。
「私の灯が欲しいんだね? って」
「ん……うん……」
コッパの通訳を聞いたマナが迷ってる様子を見て、スオウは舌を出してマナの右足を舐めた。
「思ってることを言ってごらんって」
「……私にとって大事なのは、絆の証になる灯なの。力が欲しいんじゃない。昔、私に生きているって幸せなことだって教えてくれた、大好きな人が……私の幸せを願ってこのランプをくれたの。いろんな生き物と絆を結んで、灯を分けてもらって、君が、生きている幸せをいつも感じていられるようにって」
「その先も聞いてるぞ」
コッパにそう言われたが、マナは口ごもった。ここから先は、自分とあの人との秘密だ。
スオウがもう一度マナの右足を舐めた。
「言いたくないことは言わなくていいって。スオウの方から『灯を受け取ってほしい』って言ってる」
「……ありがとう。全部話せなくてごめんなさい。あなたの幸せを願ってるからね」
マナはそう言って、スオウに抱きついた。
ランプにこげ茶色の灯が灯り、スオウはゆっくり目をつむった。
「……寝たみたいだな。マナ、行こう」
「行こうって?」
「タブカ達の所だよ。さっきスオウに道を教わった」
*
「ヤーニン・ヴィス!!」
ヒビカの鋭い声が響き、ヤーニンは、タブカの腹部を突こうとしていたレイピアを止めた。
「武器を捨てろ。さもないとシンシア・ツーアールを殺す」
ヒビカはすでにシンシアを打ち倒し、うつぶせにして抑え込んでいた。ヤーニンは止めたままのレイピアをまだ動かさない。
「……何言ってるの? そっちこそ、タブカを殺されたくなかったら……」
「そいつは軍人だ。私と同じで、任務で死ぬことは初めから覚悟している。だがお前達は、今はまだ死ねない。違うか?」
ヤーニンは観念してレイピアを足元に放った。タブカが足を引きずりながらヤーニンの手を縛る。
「よし。おい、出てこい」
ヒビカが柱の陰に向けて声を上げると、カンザとザハが顔を出した。
「やれやれ、タブカの方は殺されちまうかと思ったが、足を怪我しただけで何よりだな」
「医者ならすぐに診てやったらどうだい。本来生き物にとって、足の怪我は命にかかわる重大なものだ」
「マナは一緒ではないのか?」
シンシアの手を縛り上げ、ヒビカは自分の剣を拾った。
「いや……マナ君とは、はぐれてしまってね」
「ならば、私が探しに行こう。ザハ、シンシアとヤーニンの縄を持っていろ。カンザはタブカの足の手当てだ」
「ええっ?!」と戸惑うザハに無理やり縄を握らせ、ヒビカはマナ達が逃げて行った通路へと歩き始めた。
ところが、ズシンと地面が揺れた。同時に、ギョロロロロ! という謎の雄叫びが響き渡る。
ヒビカはすぐに剣を構えた。上から、何か来る。
講堂の天井を打ち破り、巨大な黒い塊が落ちてきた。崩れ落ちるがれきを払いのけて起き上がった、高さ五メートルほどのその黒い塊は、ウサギ……のような形をした、怪物だ。
「ギョロロロロロロロロオオオオ!」
真っ赤な目が四つ。前脚が二対あり、口は大きく裂けている。体の色は今までの影ウサギよりもずっと濃く、この世の光を全て吸い込んでしまうように漆黒の闇色だ。
首元にひらりと緑色が見えた。人間がつかまっている。
「シンシアぁ! ヤーニンんん!!」
血走った眼を見開いているその人間はメイだ。三つ編みはほどけ、緑色の長い髪はゆらゆら揺れている。メイの声とウサギらしき太い不気味な声が重なって響いている。
「きさまラのせイでええ! ランぷがァあ!!」
ウサギの喉がオレンジ色に光り、風船のように膨れ上がったかと思うと、次の瞬間口から火の玉が飛び出した。
「危ない!」
シンシア達の方へ飛んだ火の玉を、ヒビカが剣の衝撃波で撃った。火の玉は軌道を変え、壁の階段をまるで積み木のように崩した。
「隠れていろ!」
ヒビカの叫び声で、足がすくんでいたシンシアとヤーニンが我に返り、走り出した。それに引っ張られるように、ザハも走る。
「どコだあああ! ら、らラ、ランぷはぁ!」
気が触れたようにウサギが暴れまわる。タブカがムチのような剣で、足を切りつけた。
「ぐあアっ! だ、ダれだ!」
メイは一瞬苦悶の表情を浮かべたが、切れたウサギの足は、ゆらゆらと煙のようにゆらめき、すぐにくっついた。タブカは自分の足を抑えて倒れ込む。
「じゃマをスるヤツはあああ!」
タブカをつぶそうと腕を振り上げたところで、ピタリとウサギの動きが止まった。ヒクヒクと鼻が動いている。そして、パッと顔の向きを変えた。ヒビカもウサギの視線を追う。
講堂の四階の回廊に、固まっているマナとコッパの姿があった。
「ソこかあああああアああああああ!」
回廊を殴って壊すウサギの腕を何とかかわし、マナは端にある階段へ行こうとしている。上からだと、すでに崩れていることが見えないのだ。
「マナ、その階段はダメだ! 来た道を戻れ!」
ヒビカの声を聴いてマナは慌てて戻ろうとする。しかし、ウサギの次の一撃で崩落が起こり、道が塞がれてしまった。
タブカが再び剣でウサギの足を切りつけた。バランスを崩したウサギが倒れ込んで床が割れ、そこから地下水が噴き出してきた。
「しめた!」
ヒビカは剣を軽く振った。すると、水がするりと持ち上がり、高速で渦を巻きながら変形し、刃になった。
「ヤッ!」
刃はウサギを腰から真っ二つに切り裂き、弾けて消えた。ヒビカはすぐに水を自分の方へ引き寄せる。
ウサギはよろめきながらも、ゆっくりとくっついた。
「えぇエい、ジゃまだあああああああ!」
ウサギが喉を膨らませ、ヒビカに向けて火の玉を吐いた。それに対しヒビカは、集めた水を回転させながら、巨大な弾丸のように打ち出した。
ドオオッと大きな音を立てながら水の弾丸が火の玉を飲み込み、ウサギの上半身を跡形もなく消し飛ばした。メイは壁に打ち付けられ、気絶して床に落下。それに伴って、ウサギの下半身も煙のように消えていく。
ヒビカが剣をしまおうとしたその時
「あぶない!」
マナが上から叫んだ。ヒビカが振り返るより前に、ヤーニンが両足で背中を蹴飛ばした。前に倒れるヒビカを踏みつけ、ヤーニンはメイに駆け寄っていく。シンシアもそれに続いて走る。ザハの見張りが甘く、縄脱けされてしまったのだ。
シンシアがメイを担ぎ、ヤーニンに抱き着く。ヤーニンはヌンチャクを長くのばして上の回廊の手すりにひっかけると、エレベーターのように上へ登り、瞬く間に三人は逃げて行ってしまった。
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