第32話 それぞれ




 聖なる講堂に銃声が響き、ヒビカの手から剣が飛んでいった。


「いい腕だ。軍人でも、銃一丁だけでここまで私と渡り合える人間は、まずいないだろう」


「そうやって、死ぬまで余裕をかますつもり?」

 シンシアは銃をヒビカに向けたまま、微動だにしなかった。相手は剣を失っても、こちらを殺すことができる。絶対に気を抜けない。デタラメに銃を撃つのもダメだ。

「落ち着き払ってるように見せても、状況は分かってるでしょ? 追いつめられてるのはあなたのはず」


 タブカはシンシアに足を撃たれ、優位に立てるはずのヤーニンに押されている。ヒビカは剣を失った。ところが


「腑に落ちないな」


 ヒビカが放ったこの言葉。そして、こちらを見透かすような目に、シンシアはドキッとした。

 その時見せた一瞬の隙を突き、ヒビカはシンシアへ突進した。慌てて銃を撃つシンシア。ヒビカの左肩を銃弾がかすめたが、タイミングを読まれ、右足の蹴りで銃を飛ばされた。


「くっ!」

 シンシアは飛び退いて距離を取り、すぐに拳を構えた。ヒビカは追うことなく、話を続ける。


「分からない。なぜここで闘う事にいつまでもこだわる? 私達の足止めならもう充分だろう。なぜ拳を構えてまで。お前では私に格闘で勝てない事は分かっているはずだ」


 シンシアは答えずにジリッと後ずさった。この部屋のどこかに影ウサギがいる。ヒビカ達と闘うためではなく、シンシアとヤーニンを監視するためだ。

 メイがランプを手に入れたら、そのウサギから合図があるはず。それが来るまで、ヒビカとタブカをここから出すわけにはいかないのだ。

 自分達で勝手に「充分」などと判断したら、どんなに残酷で恐ろしい目にあわされることか。




                *




「マナ、起きろ」


 コッパの声でマナは目を覚ました。思っていた通り、体はどこも痛くないが、落下する際の恐怖で気を失ってしまった。

「コッパ……早く逃げなきゃ」

 マナが立ち上がろうとすると、コッパがシャツを引っ張った。


「待て。呼ばれてるんだ」


「呼ばれてる?」

「ああ」

 コッパは、さっきと違って落ち着いている。

「ここには、あのウサギの声が届かない。代わりに穏やかで温かい声がする。『こっちにおいで』って」

「何の声か分からないの?」

「ああ。でも『スオウ』って名前だけ教えてくれた。名前があるって事は」

「霊獣?!」

「多分な。そいつによるとどうやら、このあたりにはは入って来られないらしい」

「影って……あのウサギ?」

「オイラにはよく分からないけど、あれは影なんだと。スオウがそう言ってた。そんなことより、行くぞ。オイラについてこい」



 寺院を静かに歩くマナ。前を歩いているコッパの背中は、いつもと同じだ。人間と違い、体の上下運動はほとんどなしで、クニャクニャ、チョロチョロ、ペタペタ歩いている。なんて可愛らしいんだろう。

 スンスン鼻をすすっている音をコッパが聴き取り、振り返ってきた。

「どうした?」

「いや、コッパが無事でよかったなって」

「オイラは高いところから落ちても平気だよ。マナの方が無事でよかった、だろ」

 涙を拭きながら笑う。

「そうだよね」

「ジャゴが守ってくれたんだろ?」

「うん」

「先に進もう」

「うん」




                *




「これはさっきの個体と違うな……そっちは同じ。という事は、左だ」

 ザハの後ろをカンザも歩いている。

「よくそこまで分かるねえ」


「トドモンショウダケは傘の紋章によって個体を識別できるんだよ。ここで言う個体とは、菌床のこと。大きな菌床にいくつものキノコが生えているんだ。同じ菌床から生えるキノコは紋章も同じだから、それを頼りに進めば、来た方向に戻ることができる」

「ほほう、なるほどね。お前さんがいなかったら、俺は一生迷子だったな。助かった」

「だが、戻ってもまだタブカ君達が戦闘しているかもしれないからね。そこから先は、君が考えてくれ」


 カンザは腕をこまねいてうなった。

「そうだったら、どうしようもないだろ。隠れてタブカ達が勝つことを祈るしかない」

「頼りないな君は」

「ただの医者だからな」

 ため息をついてザハが呆れる。

「医者なら、けがをしたタブカ君達やマナ君を治療してやってくれよ?」

 そう言われると、カンザは目を泳がせた。

「んん。まあ、もちろんだ」




                 *




「ええいくそっ、一体どこに?!」

 メイはマナが落下した場所を探して歩き回っていた。影ウサギ達も小さく分けてあちこちに走らせているにもかかわらず、死体も見つからない。

 シンシアとヤーニンが軍人二人を足止めするのにも限界があるはずだ。これ以上はモタモタしていられない。


を出すしかないか……アレは使ってる私も影響受けるから、できるだけ避けたいけれど、仕方ない」


 メイは杖で魔法陣を描き、自分の髪の毛を一本抜いて投げ入れると、呪文を唱え始めた。ビリビリと空気が鳴り、石壁にヒビが入り、風が吹き荒れていく。



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