第六章 無限列車マイ・ザ=バイと、神出鬼没の座敷童、幸運のリス? トトカリ

第35話 マイ・ザ=バイ行きの汽車




というのは、どういう意味なんだい?」


 マナ達は駅の大きな待合室で、次の目的地である、無限列車マイ・ザ=バイの話をしていた。ザハは全く知らないらしく、無限列車という言葉の意味から、タブカが解説する。


「無限、というのは『走り続ける』という意味です。そこから派生して、『降りない』『一生そこで過ごす』という意味合いもあるかもしれません」

「一生過ごす?!」


「マイ・ザ=バイは車両一つ一つが大きなビルほどある巨大な列車なんです。車両には居住区や医療施設があったりして、街になっているので、そこで一生過ごす人もいるんですよ。作ったのは現代人ではなく古代人で、もう何千年も、四つの大陸をぐるりと回る線路を走り続けているんです」


「タブカ」

 ヒビカが珍しくうっすらと笑っている。

「お前はマイ・ザ=バイの中に相当詳しいだろうな」

「あはは」と笑いながら、タブカは頭をかいた。


「お察しの通りです。あそこには陸軍基地がありますから。僕はあそこで新人研修やいくつかの訓練を受けたので、大体分かってます」


「そうだったんだ」とマナの顔に笑みが浮かんだ。

「じゃあ頼りになるね。タブカに案内してもらえればリスとはすぐ会えそう」

 ダウトルートではコッパに無理をさせてしまった。今回はタブカの力が借りられれば、コッパの負担は少なくてすむ。



 待合室の席に腰かけたカンザをザハはいぶかしげに見ていた。

「カンザ、君はどうして私達と一緒にいるんだ? ダウトルートで目的の薬草は手に入れたんだろう?」

「他にも必要なものは色々あるんだよ。俺には時間がたっぷりある。面白そうだから、あんた達と一緒についていくさ」


「私達の行先を知っているのかい?」

「マナに聞いたよ。マイ・ザ=バイの次は、『盃の湖ミュノシャ』に行くんだろ? あそこには、まじないの薬によく使う水草がある。あれは正真正銘、あそこじゃなきゃ手に入らねえからな。少なくとも、そこまでは一緒に行くぜ」

 それを聞いてザハは鬱陶しそうにため息をついた。


「ああ、この駅は人がごった返してるからな。確かに鬱陶しいよな」

 カンザから顔をそらして『そうじゃない』という感じに口をへの字にするザハ。カンザは待合室から、人がぎゅうぎゅうにうごめくホームを見ていた。


「お! あれ見ろよ」

 カンザが大きな声を出し、マナ達が顔を振る。

「え、どうしたの?」

 マナの目にうつるのは、ただの群衆だ。


「あっちこっちキョロキョロ首振ってる、髪の毛を編み込んだ若い女がいるだろ。ボタンやチャックじゃなくて、前で重ねて腰巻で止める服を着てる。あれは、俺が来たトンギャよりさらに東の国の服だ。ずいぶん遠くから来たもんだな。で、次にあっち」


 続いてカンザが指さした方には、似た服を着た十歳ちょっとくらいの男の子がいた。素足に、ほとんど木の板だけの靴を履いて、ちょこちょこ歩いている。

「へえ、靴も変わってるね」

 マナは頭を上下左右に動かしながら、群衆に見え隠れする小さな男の子の足元を覗いていた。


「あれは下駄って言うんだよ。あの子供を探してるんだろうな、あの女は。でもこの人込みじゃ、あんな小さな子供を見つけるのは大変だぞ。微笑ましい光景じゃねえか」



 駅にシュウウ……と蒸気の音が響く。第一ホームに汽車がやってきたのだ。

「おっ、マイ・ザ=バイ行きが来たぞ」

 そう言って待合室から出ようとしたカンザをタブカが「待ってください」と引き止めた。

「僕達はあの汽車に乗る必要はありません」


「え? 乗らずに、どうやって行くんだよ」

「あと少しすると、陸軍専用のマイ・ザ=バイへの連絡車が来ます。私がけがをした事を伝えれば、全員それに乗れるはずですから」




                 *




「若様! 若様!」

 駅の人混みの中、あちこちへ頭を振る、髪の毛を編み込んだ若い女。何度も『若様!』と声を上げるが、なかなか返事が返ってこない。


 早くしないと汽車が出てしまう。置いてけぼりにしても、先に行かせてしまっても、また会うためには週単位で時間がかかってしまう。

「若様! 全くもう。ぅあーかーさーまーーーー!」

 あまりに大きい声に周りの乗客たちが驚いて離れた。そこに駆け寄ってくる、十二歳の男の子。


「あっ、若様! こんな人が多いところで勝手に離れないでください」

「ごめん。気を付けるよ」

「駅に着く前に、人が多いから離れないでくださいってあんなに口酸っぱく言ったじゃないですか!」

「分かった。ごめんよ」

「この汽車を逃したら、次は二週間後に三十キロ離れた所から別の汽車に乗らなきゃならなくなるんです!」

「ごめんよって」

「切符だってキャンセルできないし、お金も時間も無駄にしてしまいます!」

「ごめんよってば……」


 二人は、荷物を持って汽車に乗り込んだ。人が多くて通路を通って客室に行くのも一苦労だ。

「若様、いますか?」

「いるよ。後ろに」



「若様、います?」

「後ろにいる」



「若様?」

「いるってば!」


 車両を一つ通り過ぎる度に、いるか確認しながら、やっと客室にたどり着くと、もう乗客でいっぱいになっていた。


「あれ? 私達、この部屋のはずなんですけど。みなさん全員このお部屋ですか?」

 何人かの客が二人を見て部屋を出て行った。荷物を抱いたまま、二人はやっと席に着いた。

「まったくずうずうしい。人が来なけりゃ座ってていいと思ってるんですかね」

「まあ、これだけ人も多いし。……ねえイヨ」

 イヨは疲れからか、不機嫌そうに「何ですか?」と返してきた。


「『若様』って呼ばれるたびに、みんなこっちを見るんだよ。アキツくに以外ではそういう呼び方しないからさ。恥ずかしいから、人が多いところでは『クロウ』って名前で呼んでよ」

「ダメです」ときっぱり言うイヨ。


「私はお友達じゃありません。若様の従者としてお仕えしている身です。御屋形様にも責任と大きな御恩がありますから、若様をお名前で呼び捨てになんかできません」


「でもさ……」と言うクロウにイヨはまたしてもキッパリと「ダメです」

「そんなことより若様、今のうちに気を練っていて下さいよ。御屋形様の『』の前まで来て、まだ準備してない、なんてことにならないように」

「う、うん。分かった」


 クロウはイスの上で座禅を組み、目を閉じた。



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