第36話 影
陸軍専用路線からマイ・ザ=バイに近付く連絡車に、マナ達が乗っていた。
窓から見えるマイ・ザ=バイは、車両一つ一つがドームスタジアムのように大きい。車体は真っ黒に塗られており、窓が一つもなかった。
扉らしき四角い枠や、それを外から繋ぐ細い通路はあるが、中がどうなっているのか全く見当つかない。
「これ、どうやって乗り移るの?」
マナがそう聞くと、タブカが窓際までやってきた。
「ワイヤーを繋いで、専用の梯子をかけるんです。今見えているあの一番下の扉から入るんですよ」
タブカが示したのは、マイ・ザ=バイの車両の下の方にある、人が一人通るのがやっとというくらいの小さな扉だった。
あそこに……梯子をかけて?
「さあどうぞ」とタブカに言われても、マナは踏み出せなかった。梯子は完全に縄だけでできており、たわみながら揺れるその下には、岩だらけの地面が猛スピードで流れている。
「マナさん、大丈夫ですよ。丈夫な縄ですから」
「う……うん……」
腰が引けていつまでも歩けないマナに業を煮やし、ヒビカが後ろからマナの腰を抱いて仰向けに担ぎ上げ、縄梯子を渡り始めた。マナの視界には、地面や空が回転しながら猛スピードで流れていく。
「うわわわーっ、待って待って! ヒビカさん、待って!」
マナが必死で叫ぶと、ヒビカは「ん?」と縄梯子の真ん中で立ち止まった。
……縄梯子の真ん中だ!
「早く渡ってください!!」
ヒビカが軽く笑うのが聴こえた。急かしたのがいけなかったのか、ヒビカが急いで渡っているうちにマナは徐々に肩からずり落ち、マイ・ザ=バイに乗り込む際にヒビカはマナをグッと背負い直した。その拍子にマナは顔を扉の上に打ち付けてしまった。
何はともあれ、これでマナ達はマイ・ザ=バイの一両目に到着した。
*
マイ・ザ=バイの第四両。飲食店街や食料品、衣服などの店が立ち並ぶこの車両内には、外から来る汽車との連絡通路がある。
ちょうど汽車が到着し、人が流れ込んできていた。
人混みに揉まれながら通路を歩くのは、イヨとクロウ。
「若様、御屋形様の『爪痕』がどこにあるのかは分からないので、一両目から順に探していきましょう」
「うん。えーと、ここは四両目だっけ?」
イヨが先導しながら通路からマイ・ザ=バイに入る。しかしイヨは一歩踏み入った瞬間、足を止めて固まった。後ろの客が邪魔そうによけていく。
クロウもぶつかって転びそうになった。
「危ないよ。イヨ、どうしたの?」
「若様、すいません」
イヨはそう言うと、クロウを抱き上げて肩車した。「うわっ」と驚きながら顔を真っ赤にするクロウ。
「自分で歩けるからやめてよ! 恥ずかしいよ」
「少しの辛抱ですから」
イヨはぐぐっとかがむと、勢いをつけて前に飛んだ。何十人も人を飛び越え、ドームスタジアムのような車両の天井スレスレの高さまでの放物線を描き、どこかの店の屋根に着地した。
ガシャン! と大きな音が街に鳴り響き、人々がざわめく。
イヨは屋根の上から飛び降り、クロウを降ろした。
「びっくりしたな……いきなり飛んだりして。みんなにジロジロ見られてるよ」
イヨは「すいません」と頭を下げた後、小声で言った。
「影が張ってありました」
クロウも「えっ」と声を小さくする。
「どこに?」
「入口の所です。申し訳ありません。若様は大丈夫ですが、とても薄く張ってあったので私の方はうっかり踏んでしまいました」
「まさか、僕達が狙われてるってこと?」
「……それはどうでしょう。狙われる心当たりは特にありませんから。ただ、明らかにこっそり誰かを探すための影だったので、トラブルに巻き込まれないように気を付けていましょう」
*
「……誰か、影に気付いた……?」
七両目、第三居住区の空き家の薄暗いリビングに、メイが座っていた。
マナ達が来た時に察知するため、マイ・ザ=バイ四両目の出入り口にばれないよう薄い影を張って待ち構えていた。しかし、明らかに影の存在に気付いた者がいる。一瞬踏んで足を引き、そのまま二度と踏まなかった。
一体何者か、と一瞬考えたメイだが、すぐに頭を振って振り払った。覚えのない足はどうでもいい。まずは、マナの行方だ。ダウトルートに残った足跡から影に記憶させたマナとその仲間達の足は、降りてきた乗客の中にはなかった。ダウトルートからの移動を考えれば、本来なら今回の汽車に乗っているはずだったのに。
杖を使ってテーブルに焼き付けた魔法陣から、漆黒ウサギの頭がゆっくりと出てきた。メイはすかさず左手をかざし、ウサギの額に印を刻む。
ウサギの耳が長く伸びて広がり、体は少し縮んだ。同じものがあと二羽出てくるはずだ。
テーブルの下にある箱でピピピピ、と小型通話端末が鳴った。ジャオから送られてきた道具の一つだ。手に取って出る。
「メイさん、定時連絡です」
シンシアだ。
「今、十一両目の資源管理区です。追跡を継続しています」
「継続ねえ。リスは見える所にいるんでしょうね?」
「……いません」
メイは、あえて小型端末にふきかかるようにため息をついた。
「すいません」と慌てて謝るシンシア。
「フン、まあ、正直に言うだけまだいいか。そのまま追跡してなさい。今さっき、四両目に乗客が入ってきたけど、奴らはいなかった。だから作戦を変更して、漆黒を作り終わったらすぐに、私もそっちに向かうから」
「分かりました」
*
シンシアが端末の通話を切った。隣にいるヤーニンが「何て?」と心配そうに聞く。
「追跡継続。漆黒を作り終わったら、メイさんもこっちにくる」
ヤーニンはひとまず安堵の表情を浮かべた。
「よかった、怒られなくて」
足元にいる二羽の小さな影ウサギがザワザワっと動いた。メイに遣わされたこのウサギ達は、たまにこうして二人の言葉に反応することがあるが、意図や考えは全く分からない。
メイに何がどこまで伝わっているのかも……。
「安心はできない。せっかく見つけたリスに逃げられて、見失ったままなんだから。メイさんが来る前に何とかして捕まえないと」
「でも、あいつメチャメチャ素早いよ。この車両、色んな装置とか狭い通路ばっかりで、すぐ見失っちゃうし」
「何とかするしかない」
シンシアはヤーニンを置いて歩き出した。ヤーニンは後ろから手を取る。
「ちょっと待ってよ、やみくもに歩いてもどうしようも……」
「うるさい」
手を振り払って歩こうとするシンシアの服をヤーニンがつかんで引っ張った。
「シンシア、落ち着いてってば」
「うるさい!!」
シンシアの怒鳴り声が響いた。
ここ十一両目、資源管理区には、ごく一部にしか人がいない。シンシアの声のこだまが消え去り、エンジンや機械が動く音だけが響き渡る。
「もし……もし、今探さなかったせいでジョイスが殺されたらどうするの?! 殺されて、あの薄暗い街を、引き回されたら……」
喋っている途中で、シンシアはしゃがみこんでしまった。泣くでもなく喚くでもなく、黙ってしゃがんでいる。そんな姿を見てヤーニンはシンシアの手からそっと、端末を取った。
「もう限界……」
小さな小さな声でつぶやくシンシア。
「何とかしよう。うん。私が何とかする。今までお姉ちゃんとシンシアにばっかり大変な事させてたから、ここからは私が」
ヤーニンはシンシアの脇に腕を入れて、引っ張り上げた。
「シンシアが正しいよ。やみくもでも、足を使って探すしかないもんね」
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