修行 ヒビカ編
第114話 ヒビカの修行 前編
ヒビカはコシチに連れられ、アキツの西端の海岸にある洞窟に来ていた。
迷路のような道を通り地中深く潜ってやってきた最深部の大きな部屋には、祭壇があり、多くの壺や瓶が並べられていた。地面はあちこちから水が染み出し、じめじめしている。
「ヒビカ、まずはそなたを試させてもらおう。洞窟の外に出ろ」
「は? ……はい」
今入ってきたばかりであるにも関わらず出ろと言われ、不思議に思いながらも体を反転させ、通路へと歩き出したヒビカ。
その時、おどろおどろしい声が洞窟の壁を震わせた。
「モタモタしておると死ぬぞ」
振り返ったヒビカは驚きのあまりその場で固まった。コシチの背中から、巨大なもう一匹の蛇が生えてきたのだ。
さらにもう一匹、もう一匹と増え続け、元々のコシチの頭と合わせて合計八つの蛇の頭。この姿は、ヒビカが以前聞いた事のある東の国の伝承にも出てくる。
「生きて外に出てみせろ!」
洞窟中に轟く声とともに、一つの頭がヒビカに体当たりしてきた。慌ててヒビカは通路に駆け込み、走り出す。
「クフハハハハ! 松明の明かりなど、居場所を知らせようなものだぞ!」
コシチの笑い声が後ろから近づいてくる。ヒビカは松明を投げ捨てた。だが洞窟は真っ暗闇で、明かりを捨ててしまっては手探りで進むしかない。
後方でコシチが喉を鳴らす音を聴きながら、ヒビカは坂道になっている通路を少しづつ登っていく。ところが、水が流れ出ている場所で足を滑らせた。
「うあっ!」うっかり上げた声と水音が洞窟に響いた瞬間。
「そこかあっ!」
叫び声とコシチの体がずるずると進む音。ヒビカは大慌てで辺りを探りながら、岩の隙間に入り込んだ。
「……息の音がするな。どこだ? ここか? ……違う……」
ヒビカは必死に呼吸を落ち着け、息をひそめた。物音一つが命取りになる。
コシチが通り過ぎて行くと、ヒビカはその後を少し距離を空けながらゆっくりと追った。外に出ようとするヒビカを追っているコシチについて行けば、外に出られるはずだ。
暫くすると、コシチの体が進むズルズルという音が止んだ。ヒビカも一度止まる。
ここは判断のしどころだ。待ち構えているかもしれない。それか完全に外に出たかもしれない。ここにしばらく留まるか、進むか。
ヒビカは進みだした。今まで以上に神経を研ぎ澄まし、手で地面を探りながらゆっくりと前進していく。
ところが、地面を探っている手が鱗のような物を感じ取った。しまった! と思った時にはすでに遅く、ヒビカは一瞬でコシチの尻尾に体を捉えられ、洞窟の外に引きずり出された。
砂浜に投げ出されゴロゴロと転がるヒビカ。やっとの思いで体を持ち上げると、目の前には一匹に戻ったコシチが立っていた。
「吾輩に捕まったというのは死を意味する。残念だったな。何か言い訳はあるか?」
ヒビカは立ち上がり、砂を払って言った。
「洞窟を知り尽くしたコシチ様から、暗闇の中、人間である私が逃げ切るのは、とても無理です」
「ふむ。続けよ」
「コシチ様がその気になれば、私などすぐに捕まえられたはずです。……ありがとうございました」
「うむ、よく気付いておるな。そなたの力は大体分かった。座ってよいぞ」
ヒビカはその場に胡坐をかいた。
「そなたは冷静で的確な判断力、それに勇気も持っておる。だが、
「おっしゃる通りです」
「そなたに合った修行がある。ついて来るのだ」
*
コシチがヒビカを連れて来たのは、森の中にある小さな池だった。
「まずは吾輩から一つの問いを与える。こうだ。そなた達一同の話は若より聞いておるが、その中に一人、ずば抜けた霊術の才能を持つ者がおる。それは誰か」
ヒビカは顔を下に少し傾けて考えた。頭に浮かんだのは、霊術はアキツの妖の術だという事と、ラグハングルでのギル=メハードの言葉だった。
「……ジョイスではないでしょうか」
「なぜそう思う」
「彼女は、鬼熊の半妖です。そして、とてつもない怪力の持ち主でもあります。私が以前、他の霊術使いに負けた時、そいつに言われたのです。『いかに相手より強い力で精霊を従わせるかが鍵だ』と。だから人間の女である私では……」
コシチが「クハハハ!」と口を大きく裂いて笑った。
「いかにも中途半端な術を身につけたヒヨっこがしそうな勘違いだな。霊術の本質とは、そんな物ではない」
「本質……とは?」
コシチは背中からにゅうっと三又の槍を取り出すと、フワフワと浮かせながら地面を示した。
「池に体を向けて座れ。そなたが自身でつかむのだ」
ヒビカが池のほとりに胡坐をかくと、コシチはこう言った。
「池全体の水をできる限りゆっくり、反時計回りに回せ。それを寝る時食べる時以外、一週間続けろ。それが終わったら、吾輩がもう一度さっきの問いをする。その時までに霊術の本質をつかみ、吾輩の問いに答えよ」
ヒビカは手を足の上に乗せ、ゆっくり水を回し始めた。魚が驚き、パシャンと跳ねる。コシチが槍の柄でヒビカの頭を叩いた。
「愚か者。もっとゆっくり、優しくだ」
速度を落とし、池の水を撫でるようにゆっくりと回していく。
「まだ荒いな……まあ、今はこれが限界であろう。さらにゆっくり、優しくしていくのだ。問いの答えを考えることも、忘れるなよ」
コシチはそう言って去って行った。
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