第160話 第一区画 マナ、コッパ、ジョウ、リズ 後編
第一区画。中央コックピットのメインモニターの前に、マナとコッパがいた。
「さっき、揺れたよね。上手くいったのかな?」
「分離は上手くいったと思うぞ。次はこの区画の降下だな」
「その操作もやったはずなんだけどな……」
マナは手元のメモを見直した。
「もう一回やってみろよ」
「うん」
メモを見ながら降下の命令番号を打ち込み、決定キーを押す。だが、やはり何も変化はなかった。
「ジェミルのコントロールをランプで強制解除、とかジャオが言ってたよな」とコッパ。
「……うん」
マナはうなずきながら脇にある台座を見た。ランプを置くのにあまりにもピッタリな形をした、白い簡素な台座があったのだ。
「そこにランプを置くしか……ないんじゃないのか?」
「うん……」
ここにランプを置くことは、このモス・キャッスルを兵器として完成させる事も同時に意味する。
分離、降下した他の区画を呼び戻せるのか、すぐに兵器が使えるのかはマナには分からなかったが、恐ろしくて置けなかった。
「一度置いてみろよ。で、降下の操作をしたらすぐ外せばいい」
「……分かった」
マナはそっとランプを台座に置いた。ランプと台座の接地面が、ふっと白く光る。
「よし、もう一回降下の操作だ」
コッパがマナの肩から飛び降り、モニターの前でメモ用紙を広げた。ところが
「いいえ。降下はさせませんよ」
マナ達の背中からそんな声が響くと同時に、台座がランプと共に床に吸い込まれるように消えた。
「ああっ!!」
マナが慌てて床を叩いたり蹴とばしたりしたが、当然そんなことでは動かないしびくともしない。
「やはり、自分からランプを持って来てくれましたね」
マナはゆっくりと振り向いた。声の主は、あの男だ。
「ジェミル……私達を待ってたっていうこと?」
ジェミルは気持ちよさそうに笑いながら言った。
「待っていたわけじゃありません。だが、探してましたよ。その途中で偶然君のお仲間を見つけたので、君の居所を聞いたんですが『知らない』の一点張りでした」
背筋が凍った。マナの仲間に居場所を聞いたというのは……
「ジョウ君とリズに何したの?!」
「分離が始まった時は少々焦りましたが、それで狙いが分かったおかげで、こうして見つけられたわけです」
「二人に何をしたの!!」
マナが怒鳴ってもジェミルは顔色一つ変えずに、肩をすくめて『さあね』とでも言うように手を持ち上げて見せた。
ジェミルは続けてポケットから腕輪とペンダントを取り出した。腕輪の中にペンダントがはめ込まれ、一つになっている。
「私のコントロールの解除はランプだけでなく、古代王家の証であるこの腕輪と一体となったペンダントがないとできませんよ。ジャオはそこまでは知らなかったようですね」
ジェミルの後ろからは、ジョウとリズが乗っていたのと同じタイプのロボットが何機も入ってきていた。操縦席には誰も乗っていないが、勝手に動いている。
「そんなロボットまで連れて来ても、コックピットで銃なんか使えないでしょ?」
「もちろん。だが、君は逃げられない。私にはそれで充分だ」
マナはつかつかと歩いてきたジェミルにつかみかかった。必死に服を引っ張ったり、押したり叩いたりしたが、ジェミルが取り出した銃型アーマーで顔を殴られて、床に倒れ込んだ。
ついに、メインモニターの前に立ったジェミル。ギラギラと目を輝かせながら笑い声を上げた。
「これで……全て私のものだ!」
ところが、ジェミルの動きが止まった。マナが殴られた顔に手を当てながら見上げると、ジェミルはポケットを探っている。
「ん……どこだ……?」
ガッ! とジェミルの手がマナの両腕をつかんで激しく揺さぶった。
「貴様! 私のペンダントと腕輪をどこへやった!!」
マナは一瞬きょとんとした後、きっ、と睨み付けて言い放った。
「あなたのじゃない。腕輪はハウ、ペンダントは、イッランのセナから貰った、私の物」
「どこへやったんだ!」
ジェミルはマナの服のポケットに手を入れて探した。だが、もちろんない。マナには全く心当たりがないのだ。
「くそっ! なぜ突然……どこに落としたんだ」
ジェミルはモニターから離れ、床や物陰を探し始めた。そんな中モニター前の操作盤の上で、空気が抜けるようなプシュッという音が小さく聴こえた。
マナがゆっくり視線だけ向けると、何もない場所から、にゅうっとペンダントが現れた。
コッパだ!
透明になって、マナともみ合うジェミルからペンダントを盗み、空気を吸って膨らんだ状態で体の中に隠していたのだ。マナは立ち上がって、ジェミルからペンダントが見えないように隠した。
ググン、とモス・キャッスルが揺れた。マナが立つ後ろで、コッパがジェミルのコントロール解除と降下の操作を済ませたのだ。
床を探していたジェミルが揺れに驚いて顔を上げた。
「な……なに?!」
マナの隣に台座が上がってきた。すぐにランプを取り外し、コッパを抱きしめてマナは走り出した。
「待てえっ!!」
ジェミルの声を後ろ頭で聴きながら、マナはロボットの間をすり抜けて、隣の部屋へ出た。
ジェミルのコントロールを解除した事によって、他の兵器のコントロールも全て解けたのだ。もう自動では動かない。
だがすぐに、マナの後方でロボットが動き出す音がした。ジェミルが乗り込んだに違いない。
「マナ、急げ!」
コッパが後ろを覗き込んで叫んだ。だが、さっきジェミルに殴られて倒れた時に足を挫いてしまったのか、痛みが走って速く走れない。
「急げって! 追いつかれる!」
ジェミルにどんどん間を詰められる中、マナの進行方向で扉が開いた。現れたのは、ラグハングルで助けてくれた後、ずっと離れてジェミル側に潜入してくれていた陸軍人。
「タブカ!」
「マナさん、こっちです!」
すぐ後ろまでジェミルの乗ったロボットが迫っている。タブカの伸ばす手まで、あと五メートル。
マナの体感時間が、突然ゆっくりになった。まず、『あれ、これ何だろう?』と考える。
あと四メートル。
極度に集中しているんだ。何かに気付こうとしている。第六感というやつかもしれない。マナは納得した。だが、何に気付こうとしているのか?
あと三メートル。
タブカの手だ。
あと二メートル。
それはマナではなく、抱いたランプに向けられている。
あと一メートルのところで、マナは踏みとどまった。タブカと目を合わせる。
気取られた事に気付いたタブカがマナに飛びかかると同時にランプで青白い灯が強く輝き、マナは氷に潜るセナのように、床の中にとぷん、と沈んで消えた。
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