第161話 もう、いらない




「この大馬鹿者!」

 ジェミルの怒鳴り声が第一区画のコックピット前で響く。タブカは「申し訳ありません!」と深く頭を下げた。


「これで貴様が苦労して築き上げてきたマナ達からの信頼も無に帰したな。どう責任を取るつもりだ」

「まだ間に合います。私が運転します」

 そう言ってタブカはジェミルの乗るロボットに乗り込み、猛スピードで走らせ始めた。




 マナとコッパは、机や脚立が押し込められた小さな部屋に隠れていた。扉は少し開けてある。今さっきアカネの千里眼で、ジェミルとタブカ、それにジョウとリズを見つけた。

 コッパがマナの頭を撫でている。

「大丈夫だ。霊獣達が守ってくれる」

 マナは目をつむってうなずいた。

「オイラだってついてる」

 もう一度、目をつむってうなずいた。


「行こう」

 目を開いてうなずき、扉を大きく開いた。




 マナはコッパを肩に乗せて、味気ないモス・キャッスルの通路を歩いた。ここには金属しかない。マナ達の他に動くのは、免疫ロボットのマクロファッジや戦闘ロボットだけ。


 こんな場所にランプをうずめるなんて、マナならば絶対に嫌だ。一緒に旅をしてきたコッパも、ジョウもリズも……生き物と触れ合いながら一緒に旅をしてきた仲間たちは、みんな嫌なはずだ。




 やってきたのは、モス・キャッスルに搭載された戦闘機が飛び立つための発着口。マナ達が乗り込んできたところだ。パンサーが傍らに横たわっている。

 そしてその近くには、顔も体もあざだらけにされ気絶したジョウとリズ。その両脇に、タブカとジェミルが立っていた。


「待ってましたよ」


 マナはじっと動かず二人を見つめている。ジェミルの握る銃はリズに、タブカの大きな赤い剣は、ジョウの首にそえられていた。


「タブカが教えてくれました。君は仲間を探して来るはずだと。考えてみれば、ラグハングルでもそうだった。さて、何をしようとしているかは分かりますね? この二人、どっちから殺しますか? それとも、ランプを私に渡しますか?」


 ふわっとランプの中で黄色い灯が輝き、バン! という破裂音と閃光が走った。それと同時に、ジェミルの銃とタブカの剣が吹き飛んだ。

 パルガヴァーラの灯の力、雷撃だ。


「死ぬのはジョウ君とリズじゃない。ジェミル、あなただよ」


 実際に武器を吹き飛ばし、そう啖呵を切る。これがマナには精いっぱいの威嚇だ。人を殺す覚悟など、できていない。

 それをジェミルもタブカも見ただけで分かったらしく、含み笑いでマナを見た。


「マナさん、君は大切な愛する婚約者に託されたランプで、人を殺すつもりですか?」

 ジェミルがそう言いながらゆっくり近づいてくる。


「そうだよ! 私、あなただけは絶対に許さない!!」


「つまり、君は今から人殺しになるわけだ。どんな気分でしょうね。私は人を殺したことなどありませんから分かりませんが」


「嘘つき! ハ……ハウを殺したくせに!」


「殺してませんよ」


「嘘つき!!」


「殺してません。殺そうと思ってもいませんでした。ですが、君は私達を殺すつもりなのでしょう? 殺人者だ。霊獣達の力を振るって、自分が憎んでいる相手を殺す、殺人者です」



 マナはぐっと歯を食いしばりながら後ずさる。ジェミルはやはりゆっくり近付いてくる。



「そうでしょう? 私はハウだけでなく、お仲間も殺していません。一人もね。もう殺すつもりもない。私の銃もタブカの剣も奪われましたから。だが君は、丸腰になった私とタブカをこれから殺すと。愛する婚約者に託されたそのランプで」


 背中が壁についた。ジェミルの手が、ついにランプにかかる。マナは力いっぱいジェミルを睨み付けながらも、どうしても、できなかった。


「私は君と違って殺人者じゃない。ランプを使って世界を平和にしたいだけ。この巨大な世界を平和にするには、モスキャッスルという絶対的な力を使うしか方法がないんです。それに対して君は、ランプを使って自分の気に入らない私とタブカを殺す……どちらが世の人々のためになりますか?」


 ジェミルがランプを引くとマナの手から離れた。


「どうも。君にランプはもう、いりませんね」


 次の瞬間、ジェミルは懐からもう一丁の銃を取り出しマナの額に押し当てた。




「死ね」




 バァン! と発着口に大きな音が響いた。どたっと倒れたのは、ジェミルとタブカ。マナは何が起こったのか分からず、へたり込んだ。


「マナ、見ろ」

 コッパが指さす先、発着口の空から飛んできたのは、霊獣蜻蛉アカネと、一羽の鷹。

「パルガヴァーラ?」

 アカネはマナが出した手に停まり、鷹はマナのすぐ前に降り立った。パルガヴァーラより少し小柄に思える。


「あ……あなた、ひょっとしてガンケッチ?! パルガヴァーラの子供の」


「初めまして、だってさ」

 コッパがそう言った。やはり、ガンケッチだ。

「アカネが呼んでくれたみたいだ。わざわざコーラドのドーナツ谷まで行って」

 マナは「ありがとう」とアカネとガンケッチに涙の滲んだ笑顔を見せた。すぐにランプを拾い、ジョウとリズの元に走る。スオウの力を借りて怪我を治療し、ゆすって目を覚まさせた。


「マ、マナさん……あ、大変なんだ! タブカが」

 マナは急いで起き上がったジョウにうんうん、とうなずいた。

「大丈夫、もう終わったよ。二人とも、無事でよかった」


「あんた達もね」

 リズがマナの肩に手を置きながら、もう片方の手でコッパの顎をくすぐった。


「よし、脱出しよう」

 ジョウがパンサーの格納スペースを機体の外から引き出し、木材と布でできた緊急用の折りたたみ式グライダーを取り出した。リズと二人で組み立てる。


 コッパがジェミルとタブカを指さして聞いた。

「マナ、こいつらどうする?」


「……置いて行く」




                *




 組み上がったグライダーにマナとコッパ、ジョウがつかまった。ジョウが「いいぞ」とリズに合図を送ったが、リズは「うん……」とためらった。

「悪い。ほんの少しだけ待ってて」


 リズはそう言って体を反転させると、横たわるパンサーに抱き着き「ありがとう。さようなら」とつぶやいた。

 それを見たマナ達も一度グライダーから離れてリズと同じようにパンサーに抱き着いてお礼を言った後、やっとグライダーに全員つかまった。



 ついにリズの操縦でモス・キャッスルから飛び立った。風がごうごうと鳴る中、リズが少し笑いながら言う。

「やっぱ人間三人は重いね。あんまり遠くには行けないかも」


「近くの海に降りるしかないって事か? モス・キャッスルが沈んだ後に大きな波が来ると思うけど、大丈夫かな?」

 心配するジョウに「大丈夫だよ」と言うのはマナ。

「ランプでメリバルの力を借りれば、波は何とかなる」

 メリバルの灯、流れを操る力だ。



 海の彼方から朝日が差し込んでいる。降下していく第一区画だけでなく、すでに海に沈み始めている第二から第五区画まで全て、朝日に照らされて、真横に青い影を伸ばしていた。


「みんな、上手くやったみたいだな」と安心したようにジョウ。


「そうだね。……無事だといいけど」

 リズがそう言うと、ジョウも「うん」とうなずく。風の音が強く、リズが「え?」と聞き返したりする。




「あっ! 見ろ!」

 全員、コッパが指さす方を見た。第一区画の片隅から、脱出艇が飛び立っていくのが見える。


「ジェミルとタブカだ。生きてたのか」

 ジョウがそう言った後は、誰も何も言わずに、しばらく脱出艇が飛んでいくのを眺めていた。どんどん遠ざかっていく。




「ねえ二人とも聞いて! これなんだけど……」

 マナは腕輪と一体になったペンダントを取り出して、ジョウとリズに見せた。

「これ、コッパが取り返してくれたの。一人でだよ!」

「本当に?!」「すげえじゃん!」とリズにジョウ。マナは続けて「見てて!」と言うと、ペンダントを空に投げた。


 ペンダントは風にあおられてくるくる回転しながら、はるか下の海に落ちていく。それを四人全員で見守った。



「マナ、本当によかったのか? あれがないと、そのランプがあっても願いは叶えられないんだろ?」

「ハウさんを生き返らせなくなっちゃったけど」


 リズとジョウにマナは「いいの!」と明るく大きな声で返事をした。



「昔は、ハウがいない人生なんか、私には意味ないって思ってた。でも、今はみんながいるもん。私にあのペンダントはもう、いらない!」



 清々しく幸せそうな笑顔。そのマナを見て、コッパがマナだけに聞こえるように小さく小さくささやいた。



「よかったな」



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