第30話 聖なる講堂
ダウトルートには、大小あらゆる大きさの部屋が雑多に立ち並んでいた。壁や天井が崩れ落ち、中まで太陽の光が届いている。マナ達は松明無しで奥へと進んでいた。
「ガニマタシャクトリだ! これはミツガジュマルの木にしかいないはずの虫だが、なぜこんな岩だらけの所に……」
ザハはさっきまでの疲れが嘘のように吹き飛んだらしく、大興奮であちこち飛び回っていた。
「ニシカリゴケの露を舐めているな。ひょっとして、ミツガジュマルのミツとニシカリゴケの露に何か共通しているところが? 素晴らしい! これは素晴らしいよ!」
ヒビカが珍しく口を開く。
「ザハ、あまり離れるな。一生外に出られなくなるかもしれないぞ」
彼女が口にするのは本当に必要最低限の話だけ。オッカでの闘いぶりは見事だったが、どうも味気ない人だ。
「コッパ、どう? まだ臭いしない?」
「しないな」
「声とか音は?」
「ここ、意外と騒がしいんだよな。虫や鳥が大勢いるし……それに、今まで感じた事がない妙な声もする。それも、とてつもない数だ」
「それが大ガマなんじゃないの?」
「違うな。霊獣みたいな命の温かさを宿した声じゃない。もっと……
しばらく小さな部屋と細い通路を歩くと、ドーム状の広い部屋の二階に出た。全員で階段を降りていく。
「広いですね。ここは、僧達が集会か何かをしたところでしょうか?」
タブカが首を振りながら天井を見ている。天井には、神話を描いたと思われる壮大な天井画が描かれていた。
長い年月をかけて苔やツタが生え、むしろ描かれた当時より、神話と信者達の信仰心を強く今に残しているかのような姿だ。マナはあまりの美しさにため息を漏らした。
「何百年も前、ここで僧や信者の人達が、神に救いや癒しを求めて、傷を共有しながら、信じるものを共にしたんだね」
ところが、カンザがマナの隣に歩いてくると、こう言った。
「そんな綺麗なモンじゃねえよお嬢ちゃん。アレを見てみな」
カンザが指さしたのは、部屋の壁の一角。鬼だか悪魔だかの顔をかたどった、大きな彫刻が施されていた。口の中に何かゴツゴツしたものが、びっしり詰め込まれている。
「あれはな、異端者や戒律を破って処刑された人間の魂を悪魔に喰わせて、悪霊から逃れるための儀式に使われた彫刻だ。口の中にあるのは、処刑された奴らの人骨さ」
コツコツと音を立てて、ヒビカもマナの隣にやってきた。彼女も無言でカンザの話を聞く。
「俺に言わせれば、ここは人間の狂気が生み出した究極の『逃げ場所』だ。世間から疎まれ、はみ出した奴が、似たようなお仲間と『これを信じれば救われる』と必死にお互い言い聞かせながら暮らしてたんだよ」
ヒビカは「フン」と鼻で笑った。
「一聴それらしいが、独り善がりで単純な解釈だな」
「独り善がりねぇ。ま、そう考えるヤツもいるのかもな」
「マナ、人間だ」
コッパがマナの耳元でささやいた。
「人間?! ……誰か分かる?」
「嗅いだことある臭いが二人。宝石砂漠にいた金髪のシンシアと赤毛のヤーニンだ。だけど、微かにもう一人、嗅いだことない人間の臭いがする」
ヒビカはコッパの言葉を聞き、剣を抜いて身構えた。まだあたりに人影は見えない。
「ん? シンシアとヤーニンの臭いが二つずつ? ……嫌な声も聞こえてくる。これは人間じゃない。でもあいつらの臭い? どうなってんだ?」
怯えているのか、コッパの声が次第に小さくなっていく。マナが辺りを見渡していると、大きな銃声が響き、入ってきた出入り口が崩落した。
「そこか!」
ヒビカが柱の一本へ衝撃波を放つ。シンシアがその衝撃波にもまれるように、ねじれながら崩れ落ちてきた。ヒビカが走りよる。
「マナ、気を付けろ。シンシアの臭いはあれだけじゃない。リュックは前に抱えとけ」
コッパに言われた通り、マナはリュックを前に抱えた。
ヒビカが倒れたシンシアを引き起こそうと、服の襟をつかんで引いた。ところが、その瞬間シンシアは黒い煙となって消え失せてしまった。
突然、上方から銃弾がヒビカに降り注いだ。とっさに剣で防ぐものの、重い銃弾にヒビカは押されていき、足元のタイルが剥がれていく。
さらに、何かが割れるような音が別方向から響いた。マナが振り返ると、タブカとヤーニンが互いの剣をぶつけ合っていた。
マナがどうしたらいいか分からず立ち尽くしていると、ヤーニンがもう一人、柱の影から現れた。
「こ、来ないで! あなた達にランプは……」
マナがそう言う間に、ヤーニンはゆっくり顔を歪ませ、体が膨らみ始めた。絶句するマナの視線の先で、ヤーニンはそのまま膨らみ、黒い大きなウサギに変わった。
「あいつ、おかしい。ただの動物じゃない!」
コッパが身を震わせながら、マナの肩にしがみついた。
ウサギがマナに向けて走り出した。
「あそこだ!」
カンザが示した通路にマナ、それにザハが続いて、三人で走り込む。
「ダメだマナ! 動くな!!」
ヒビカがそう叫んだが、シンシアの撃つ銃声にかき消されてしまった。
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