第29話 ダウトルート到着




 ダウトルートは街ではなく遺跡だ。マナとコッパ、ザハと、護衛のタブカとヒビカは、ハルマという街から汽車で遺跡近くにある終点の駅へ向かっていた。


「マナさん、大ガマがダウトルートのどこにいるのか、ご存じなんですか?」

 汽車の四人掛けの個室で、タブカとマナが話していた。

「ううん。知らないけど、コッパが臭いと音で探してくれるから、見つけられると思うよ」

「ああ。オイラに任せておけ」


「そうなんですか。では向こうで何泊かすることになりそうですね。もし食料や物資が足りなくなったら、僕が買い出しに行きましょう。護衛はヒビカさんがいれば充分でしょうし」

「本当? とっても助かる」


 マナは、ヒビカをちらりと見た。こちらの話には全く興味を示さず、立てた剣の柄に両手をかぶせて黙っている。隣ではザハも黙って本を読んでいた。


「なあマナ、オイラお腹すいたよ。売店でリンゴ買ってくれ」

「えっ、今朝一個買ったでしょ?」

「もう食べちまったよ。もう一個」

「もう。次のはもうちょっとゆっくり食べてよ?」


 マナがコッパを連れて個室を出た瞬間、ドン、と男とぶつかった。

「あっ、ごめんなさい!」


「いやいや、こっちの方こそ悪かった。おや、ゲルカメレオンか?」

 その中年の男は、連合国でも東の方でしか見られない幅広のゆったりとした服を着ていた。コッパに興味を示し、にっこり笑う。

「珍しいな。こんな涼しい場所に。ダウトルートに行くんだろ? 女の子一人で、何をしに行くんだ?」


 普段なら「二人だ!」とコッパが言うところだが、ちょっと警戒しているらしく、黙っている。

「ちょっと、探し物があるんです」

「奇遇だな。俺もあそこにもの探しをしに行くんだ。一緒に行こうぜ」

 にこやかで甘く低い声。女性にモテそうな雰囲気だ。ダウトルートへ行く道は一本だし、断っても仕方ない。


 マナは男と一緒に汽車内の売店でリンゴを三つ買うと、個室に戻った。男は入り口の扉を開けてもたれかかり、マナと話し続けている。


「俺はカンザっていうんだ。連合国東の果て、自治王国『トンギャ』で、王宮付きの医師をやってる」


「王宮付きって、つまり王家専属ですか?! どうしてそんな人がこんなところに?」

「俺は医師としての仕事の他に、皇太后様のために美容薬の研究もしててな。ダウトルートにしかない薬草を採集に行くんだ」


「え?」とザハが本を閉じた。

「ダウトルート固有の植物があると? 私は聞いた事がありませんが……」

「あんた、植物学者か何かかい?」

「植物は専門ではありませんが、生物学者です。人間が作った宗教寺院にすぎないダウトルートに固有の生命など、本来存在しないはずだと思ったんです」

 カンザはビシッと人差し指をザハに向けた。

「その通りだよ。俺が採集しに行くのは、本当はこの辺りならどこにでも生えてる草だ。だけどな、大きい声じゃ言えないが、皇太后様の使う薬は民間伝承で信じられているおまじないの薬だ。同じ草でもダウトルートのじゃなきゃダメってわけさ」


「ああ、なるほど……大変なお仕事ですね」

 ザハはそう言うと、再び読書に戻った。




                 *




 駅から降りて、深い森を三時間歩く。地図上ではかなり近づいてきたが、まだ寺院らしき影は見えない。


「マナ君、まだ、着かない、のかい?」

 ザハは真っ青な顔で息を切らせている。体力がなさそうな見た目通りだ。

「もう少しです。今見えてる、あの山のどこかにあるはずですから」

「ちょっと、すまない、少ひ、やすまへて、くれないは」


「何だよだらしない。お前さん、もやしっ子がそのまま大きくなったみたいな男だな」

 そう言ってカンザが笑いながら背中を叩くと、ザハは衝撃に耐えられず前のめりに転んだ。


「じゃあ、あの切り立った山肌のふもとにシートを敷いて、一休みしましょうか」

 マナはみんなを先導し、崖の下へと向かった。




「さて、じゃあここに……」

 マナが崖に手をついて荷物を降ろそうとした時、ギギギギと音を立てて、手を着いた部分が中へ倒れ込んだ。疲れていたこともあり、マナもバランスを崩して一緒に倒れてしまった。

 倒れた奥には、苔まみれの石でできた通路が続いている。


「マナさん、お怪我は?」

 タブカが手を貸してマナを起こす。

「大丈夫。でもちょっと待って。まさかこれ……」

 マナは少し離れて崖を見上げた。よく見ると所々に、ぽっかりと窓のような穴が開いている。


「なんてこったい」

 カンザが半ば笑いながら頭をかいた。

「山だと思ってたこれが丸ごと、宗教寺院ダウトルートってことか? こりゃ探し物は骨が折れるぞ」

 ザハはカンザの隣に、無言で尻もちをついた。


 ダウトルートの壁や部屋の屋根には苔やツタだけでなく、木まで何本も生えている。おそらく内部は、崩れた石だけでなく、木の根や草も生い茂っていることだろう。しかも、見た通り山のように高く、広く、複雑に入り組んでいる。頂上は霞がかかって全く見えない。


「コッパ……探せる?」

「探せるさ……時間はかかるだろうけどな」

 タブカがポンとマナの肩に手を置いて、にっこり笑った。

「気長にやりましょう」




                 *




 マナ達から何キロか離れたダウトルートの崖の中腹で、望遠鏡を覗き込んでる人間がいた。


「どうしよう。あいつらもう来ちゃったよ……どうするシンシア」

 ヤーニンが聞いてもシンシアは厳しい顔で黙っている。

「ねえ、どうするの? まだ大ガマ見つかってないのに。どうするの?」

「……とにかく、メイさんに報告するしかない」

「報告するの? また怒られるよ」

「しない方が怒られる」

 そう言ってシンシアは速足で歩きだした。



 恐らく昔は階級の高い僧が祈りを捧げていたであろう、大きな広間。その一番奥の壁中央にある、何かの神様の像を打ち壊し、台座にクッションを置いてメイが座っていた。

 この広間には、小さな影ウサギが数え切れないほど動き回っている。


「もう来たって?」

 頬杖をついて報告を聞くメイ。顔には明らかに怒りを宿している。


「はい……」

 直立不動で答えるシンシア。ヤーニンも隣に立っている。


「あなたたちが」

 シンシアの前に何匹も影ウサギが集まってくる。


「いつまでもモタモタしてるから」

 影ウサギは一つにくっつき、熊ほどの大きさになった。


「間に合わなかったんでしょう!」

 メイの怒りに合わせるように、影ウサギがシンシアの腹を殴った。ドスッという鈍い音と、「うっ!」という呻き声が部屋に響き、シンシアがその場にうずくまる。

 苦しそうに呻くシンシアの背中を、ヤーニンが震えながらさする。


「フン、全く。あなた達が先に大ガマを見つけて、奴らのルートを読んで私が待ち伏せするのが、一番確実だったのに。これでこの作戦はおじゃん。どうしてくれるの?」

「っっ……うぅ……」

「どうしてくれるの!」

 影ウサギがシンシアの頭をつかんで乱暴に揺さぶる。ヤーニンがそれを引きはがそうと必死にウサギの腕を引きながら言った。


「分かりました、分かりました! 私達が二人の軍人を引きつけて足止めします! その隙にランプを奪ってください」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る