第五章 大迷宮寺院ダウトルートと、岩陰の医師、仙人大ガマ スオウ
第28話 とある砦にて
「がはぁっ! げほっ、げぼ、ガボ……」
バタバタと暴れるジョイスの頭が、強引に浴槽の水に押し込まれる。両手は背中で縛られている上、どういうわけか体に力が入らない。頭を押し込んでいるのは、熊のように大きく黒い毛並みをしたウサギだ。
ヤーニンは別のウサギに頭を床に押し付けられ、ヒィヒィと声を押し殺しながら泣いていた。
「『次はない』と言っておきましたよね?」
三人の前、薄い絹の垂れ幕の向こうから、高いとも低いとも言えない細い声。
「はい……」
シンシアが震える声で答える。やはり黒いウサギに、立ったまま押さえられ、頭を上へ向けさせられている。横には、シンシアの喉に短剣を突き立てる女。
「がほっ! げぇっ、げほグボッ!」
後ろの浴槽からジョイスの苦しそうな声が聞こえてくる。ジャオが幕の向こうから細い声で「ホホホ」と笑った。
「ジョイスさんが可愛そうですし、早めに話を進めましょう。さて、あなたたちの壊した飛行機もボートも、決して安い物ではないのですよ。ランプを手に入れるために私が用意した物資やお金を、あなた達のおかげで使い果たしてしまいました」
「ごめんなさい……ジャオさん」
「ジャオ『様』!!」
横に立つ女が怒鳴り、シンシアの喉仏に、突き刺さりそうなほど短剣をグイッと押し付けた。シンシアは間髪入れずに「すいません!」と消え入るように言った。
「あなた達は三度失敗したわけですが、仏の顔も三度までと言います。私は仏ではありませんが、まあ、今回までは許しましょう。ただ、もし次失敗したら、殺します。私の仕事をこなせなかった者はこうなる、という見せしめのために、時間をかけて一人ずつ。死体もこの街で引き回します」
「げぼ、ごほ、ゴボ……」
「ジョイスさんはこちらで預かります。あなた達が逃げようなどとは考えないようにね」
「ジャオ、様……お、お願いです……私達は、三人一緒に……」
「黙れ」とまた女が短剣を突き立てる。シンシアはすぐに口をギュッと閉じた。
「代わりにメイを行かせますよ。三人でもダメだったのに、二人だけで上手くいくわけないのは分かっていますからね」
「がぼ……グブ」
ジョイスの声が途絶え、ヤーニンが「お姉ちゃん」と小さな声で泣き始めた。
「おや、限界のようですね。さすがに今死なれると困ります。解放してやりなさい」
ウサギがジョイスを浴槽から引き上げ、床に投げ捨てた。別のウサギが、ジョイスの胸を勢いよくドン、と踏みつける。
「おえぇっ! おえ、ゲホォッ、ゲホッ、ゲホッ……」
ジョイスが水を吐き出し、激しく咳き込んだ。
「ジョイスさんは連れて行きなさい」とジャオが言うと、ウサギがジョイスの頭をわしづかみ、無理やり引きずって部屋を出て行った。
「それではメイ、頼みますよ。私は就寝の時間です」
そう言ってジャオは幕の奥の方へ消えていった。メイはシンシアに突き立てていた短剣をしまうと、ウサギに合図をし、下がらせた。うんざりした様子でため息をつく。
「まったく。足がつかないようあなた達を雇ったのに、私が行ったら何の意味もないじゃない。あなた達を殺さなかったジャオ様に感謝しなさい」
シンシアは下げたままの頭をさらに低く下げ、うなずいた。
「私はジャオ様ほど優しくないからね。仕事の途中、私の言いつけを破ったらどうなるか……」
もう一度、シンシアがうなずく。
「私の準備が終わるまで、ここで待っていなさい。行先は、大迷宮寺院ダウトルート。私の影スズメで行けば、日暮れまでに着くでしょうね」
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