第44話 射撃




 霧の中から、赤い色をしたイグアナのような生き物が現れた。体長は三メートル程、体高は一メートルほどだろうか。バイクに後れを取らずに並走している。次第に数が増え、囲まれた。タブカの後ろに乗るザハが目を凝らす。

「これはチネツイグアナだ。特に縄張り意識が強い生き物じゃないが、いきなり現れた私達を警戒しているんだろう」


 バンクがコッパの指示に従って、最初に現れたチネツイグアナにバイクを寄せた。コッパが話しかけるが、何度も話している間に焦りだした。


「こいつら、ちょっと様子がおかしい! 何言っても通じないぞ。喋ってることが支離滅裂だ」


 チネツイグアナが大きく口を開けて飛びかかってきた。マナの叫び声と同時に、バンクが慌ててハンドルをきる。倒れそうになりながらもなんとか持ち直した。

 それを合図に他のチネツイグアナたちも、一気にバイクに飛びかかる。全員必死によけながら走り続けた。


「別の臭いがするぞ! 何か、虫だ!」

 コッパがそう言うのとほぼ同時に、霧の向こうから大きな針のようなものが飛び出してきた。バンクがまた慌ててよける。すると、針は霧の中に引っ込んでいった。

 ザハが叫んだ。

「今のはスプリングエンペラーの尻尾だ! 体長五メートルを超える世界最大のサソリだよ。針の尻尾は二十メートル以上伸びるから気を付けろ!」


 もう一度針が飛んできた。針はゴウッと風を切り、マナ達の後ろの枯れ木を粉々に弾き飛ばした。

 霞からスプリングエンペラーが姿を現した。軽トラと並ぶほどの巨体に、アーマー戦車かと思うような立派な甲羅の鎧を備えている。

「コッパ、こっちも通じない?」

「ああ。ダメだ」

 先頭を走る軽トラの近くで、パッと光の玉が動いた。あれがチネツイグアナの吐く火の玉だ。荷台に乗るパンクが飛び退いた。


「あっぶねぇ! 何で俺達が襲われんだよォ!」

「あの程度は伏せていれば平気。それより、サソリに気を付けて」

 運転席のシンシアの声で、パンクは腰の銃を抜いて身構えた。まさにそのサソリが、軽トラの後ろからハサミを振り上げてこちらを狙っているのだ。


 バン! と銃声が響いた。その音でチネツイグアナはパッと散っていったが、スプリングエンペラーは全くひるまない。ハサミを振り下ろして、荷台の角をえぐり取った。


「うわぁっ!」

 パンクは銃を乱射するも、全て甲羅にはじかれてしまった。パンクの後ろで、運転席の扉が開いた。シンシアが叫ぶ。

「パンク、替わって。ヤーニンは運転できないから」

「は、はァ? 替わるって?」

「あなたはハンドルを取って! 銃を私に!」

「お前に銃を?! ダメだ!」


 スプリングエンペラーの針が、開いた運転席のドアを吹き飛ばした。直接当たっていないパンクの頬にも衝撃で切り傷ができ、血が飛ぶ。

「あなたじゃアイツを止められない! 死にたいの?!」

 パンクは運転席に飛び込み、シンシアに銃を渡した。シンシアは荷台に乗り移る。

「銃弾は何製?」

「な、何製かって? 分からねぇよ。配給される普通のヤツだ!」

「じゃあミネア製かイーボル製のどちらか……」

 シンシアは一発、スプリングエンペラーの甲羅に向けて放った。ギン! と甲羅が銃弾を弾く。


「ミネア」


「おい、当たったか? 仕留めたのか?!」

 スプリングエンペラーのハサミが荷台の中央に突き刺さり、えぐり取った。軽トラは倒れそうになりながらも、パンクのハンドルで持ち直した。

「おい、大丈夫か?!」

「シンシア?!」

 ヤーニンも不安そうに窓から顔を出す。


「大丈夫。次の一発で決める」

 シンシアは揺れる荷台の上で、緩やかに銃を構え、一発放った。次の瞬間、スプリングエンペラーは身を縮こませて動きを止めた。後続のバイクは、スプリングエンペラーをよけて軽トラに続いて行く。


「バンク、軽トラまで追いついて!」

 バンクはマナに言われた通り、バイクを軽トラの横につけた。マナは手を口の横に添え、シンシアに向けて叫ぶ。

「殺しちゃったの?!」

 シンシアは銃を運転席のパンクに渡しながら「いいえ」と答えた。

「右のハサミの甲羅の隙間に弾を打ち込んだだけ。ミネア製なら鉛中毒も起きないから、死ぬことはない。こっちは急に襲われたんだから、ちょっとケガさせるくらいは許して」

「よかった」というマナの呟きを、バンクの声がかき消した。

「パンク! 君は、犯罪者に銃を貸したのか?!」

 パンクは答えずにハンドルを握りしめて前を見ている。

「パンク! 答えないか!」


「うるせぇな! 仕方ねぇだろ!! 俺には無理だったんだ!」

 言い返しつつも、パンクはまだ前を向いたままだ。


「君が日々の鍛錬を怠ってるのが悪いんだ! そのせいで、犯罪者に陸軍の銃を握らせた!」

 シンシアはバンクと目を合わせず、荷台に座った。


「まあまあ」とマナが後ろからバンクをなだめた。

「その話は、もっと落ち着いた場所でしよう。時間を考えたら、そろそろレポガニスに着くはずじゃない? 霧も晴れてきたよ」



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