第52話 涙と、再会




 ザハがヒビカに肩を貸し、全員で少しずつその場から引いていく。しかし、ジョイスを背負ったシンシア、足の骨を折ったヒビカがいては、簡単には逃げられない。


「カンザ、何をしているんだ! 君もこっちに来てヒビカ君に肩を貸せ!」

 ザハが大声を上げるとカンザも大声で「ちょっと待てって!」と返す。さっきから自分の荷物に手を突っ込んで一人でごそごそ何かをやっている。

「今準備してんだ! もうすぐだからちょっと待ってろ!」



 漆黒に翻弄されているカルラの近くに、一人の将校がアーマーブーツで地面を滑るように近付いてきた。

「カルラ、貴様いつまでこんな雑魚共に手こずっているんだ」

「ギル=メハード! 何しに来やがった? これは俺っちの……」


「この愚か者。ランプを持った女は見つけた。遊んでいないでさっさと片付けろ」

 細身のその将校は、飛んできた漆黒の拳を片手でつかむと、ひねるようにもぎり取った。拳が弾けて消え、漆黒の叫び声が響き渡る。


「他の二人も、もうすぐここに着くぞ。陸軍四将の一人が足を引っ張って、残りの三人に助けられるとは、何とも無様だな」

「そういう言い方ぁねえだろ」

 カルラは将校の肩をこづいた。

「じゃ、せめて後の二人がつく前に終わらせるとすっか」

 ハンマーを両手で振り上げ、カルラは全力で地面を打った。砕けた地面から、五メートルはある大きな岩がハンマーに吸い付いた。


「あ、あれは……ヌンチャクじゃ砕けないかも」

 一応ヌンチャクを構えるヤーニン。ヒビカも剣を持ち上げた。

「私の衝撃波でも無理だろう。漆黒の腕の復元が間に合わなければ、全員死ぬ」

 また漆黒の叫び声が響いた。腕をもう一本、あの将校によってもぎ取られたのだ。その隣でカルラがハンマーを振り上げた。

「久々にスリルがあって楽しかったぜ。お前さんら、もしあの世に行ったら……」


「ほいっと」


 カルラの見得をぶった切り、カンザが丸い何かを放った。それはカルラの足元に転がり落ちたかと思うと、凄まじい勢いで真っ黒な煙を噴き出し、あたりの視界は一瞬で失われた。


「げほっ、くそっ! 何だこりゃ!」

 むせ返るカルラを、ヒビカの衝撃波が襲った。吹き飛んで倒れるカルラの耳に、小鳥の羽音が聴こえてくる。半端な数ではない。何百羽といるであろう嵐のような羽音だ。


 煙が薄くなり、羽音も遠く消え去ってカルラの視界が開けた時には、もうヒビカ達はいなくなっていた。




                *




 バンクはランプを持って立ち、マナを見下ろしていた。マナは左手を踏まれたままで、起き上がれない。


「返して……バンク、お願い」

 マナの目からは涙がこぼれている。しかし、バンクの目からは、それを上回る量の涙がこぼれていた。


「おかしいとは、思ってましたよ。あんな犯罪者を助けに、こんなところに来るなんて。でも、きっとあなたは悪人でも救いたいという尊い心でここに来たんだと、信じてたのに……私利私欲のためだったなんて。そんなことのために仲間である僕達の命まで危険にさらすなんて」


「私はジャオとは関係ないって……」

「いきなり逃げたあなたの話なんて、信用できません! 言い訳をしたければ、元帥閣下にしてください!」

 バンクは腰からスタンガンを取り出した。

「眠ってもらいます。次に目が覚める頃には、陸軍基地ですよ」


 バンクの声のボリュームが落ちたことによって、マナの耳に、ザザザ……と地面の上を何かが滑るような音が微かに聴こえてきた。しかし、それが何かを考える暇などなく、スタンガンがマナの首元に迫ってくる。


 パチパチと光るスタンガンにマナが目をつぶった瞬間、バキン! と音がした。恐る恐る目を開けると、バンクが目の前から消えている。


 体を起こすと、マナの前には縄につながれたいかりがあった。地面には、滑ってきたと思われる碇のわだち。ぐらん、と揺れる縄は空に向かって伸びていた。風が吹き荒れ、上空からはエンジン音がしている。

 マナはまず、踏みつぶされたコッパを抱き寄せた。コッパはぎゅうっと身を縮こまらせている。

「コッパ、大丈夫?」

「いってぇ……」

 次に、マナはランプを探して頭を振った。気絶して倒れたバンクの手前に、ランプは転がっていた。それを一人の男が拾い、振り向いた。

「マナさん、お待たせ」


 マナは男が誰だか分かると、彼の名前を呼ぶことも忘れ、駆け寄って抱きついた。

「うわわ、ち、ちょっと……そんなに怖かったの?」


「ありがとう来てくれて。ありがとう……」

 涙を流しながら何度もありがとうを言い、差し出されたランプを受け取った。やっと空を見上げると、真上では飛行機がホバリングしている。


「運転してるの、誰?」

「ハハッ」と笑い声。そして、マナが期待した通りの言葉が返ってきた。



「俺が直した新生パンサーだよ? リズに決まってるだろ!」



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