第53話 新生パンサーで滝へ




「ほらマナさん、碇につかまって。引き上げてもらうから」

「あ、待って……あの人も連れて行きたいの」

 ジョウは不思議そうな顔をした。

「あいつ? ……じゃあ、そいつも?」

「その人はいい。彼だけ」

「分かった。急ごう」


 ジョウは気絶したパンクをくくりつけ、マナと一緒に碇につかまると、手に持ったリモコンのボタンを押した。クレーンが動き始め、碇が登っていく。


 新しくなったパンサーは二回り以上大きくなっており、中は広くなっていた。操縦席には、あの短い銀髪。

「マナ、久しぶり。無事でよかった」


「リズ、来てくれてありがとう」

「ありがとうなんていらないよ。てっきりミュノシャに行ってる頃だと思ってたから、ここに来るのが遅くなっちゃって。悪かったね」

「来てくれただけで嬉しい。もう死ぬかと思ったもん」


 リズは笑顔でマナの頭をポンポンと叩いた。

「大変だったよな。とにかくここから離れよう。ぐずぐずしてると、スミロカノンが来るかもしれない」

「ヒビカさん達と、リルマの北四キロのところにある滝で落ち合う事になってるの」

「分かった。二十分もすればつくよ。それまで後ろでゆっくりしてな」




               *




「すげーだろ? 最高スピードは前より遅くなったけど、その代わりにできることが山盛りにふえたんだ」

 ジョウは興奮気味に、マナに新しいパンサーの説明をしていた。マナはそれを理解できないまま、それでも心の底からの笑顔でうんうん、と聞いていた。


「二重反転式のプロペラが翼の両端についてるだろ? これがティルト(傾ける)できる。ティルトプロペラだ。つまり、プロペラを上に向けて、ヘリコプターみたいにホバリングできるんだよ。機内もご覧の通り、人間なら裕に十人は乗れる。それに、機体の下には浮きパットがついてるから、海の上にだって降りられるよ」

「すごいね。直すって言うより、生まれ変わったみたい」


 リズが運転席から「その通りだよ」と一言。続けてジョウが「うん」とうなずく。

「リズと相談したんだ。パンサーを直して、何をするかって。俺達二人とも、マナさんと一緒に旅をしたい、マナさんの力になりたいって願ってたんだよ。だから、パンサーをただ直すんじゃなくて、生まれ変わらせたんだ。こいつに乗って、マナさんが行きたいところ、どこにだって連れて行くよ」


「……うん。ありがとう」

 マナは言いたいことを言えず、飲み込んでしまった。




 もや、霞、そして黒煙が覆い尽くすレポガニスの谷から離れ、パンサーは真っ青な空の真ん中を飛んでいた。あたりに浮かぶ白い雲はふんわりと太り、その間を飛ぶパンサーは、地上から見たら小さな赤い点だろう。


 晴れ渡る空とは裏腹に、マナの心は曇っていた。『マナさんが一人になってもずっとついて行きます』と言っていたバンクは、いなくなってしまった。マナ自身が置き去りにしたとは言え、バンクがマナを見限ったのは紛れもない事実。

 これはひょっとしたら自分が蒔いた種……仲間を身勝手な旅に付き合わせ、彼らの命の安全をないがしろにした罰なのかもしれない。


 マナのために遠くまでやって来てくれたジョウとリズを、自分の身勝手な旅にこのまま付き合わせるのは許されるのだろうか。……許されないだろう。


 マナの心では、一つの決心ができ上がりつつあった。




               *




 待ち合わせ場所の滝には、ヒビカ達とタブカ、それにメイがいた。

「なぜ私達を助けた?」

 ヒビカの質問に、メイは少し苛立った声で答えた。

「あなた達のためじゃない。これは、ちっぽけな仕返しみたいなものだから」

「仕返しだと?」


「レポガニスのあの街は、ジャオ様が私達に与えてくださった故郷ふるさとだった。あの街の住人達は皆、それぞれの事情で、行き場をなくして流れ着いた者。あの街が破壊されたら、帰る場所は世界のどこにもない」

 ヒビカは真剣な顔でメイの話を聞いていた。カンザがヒビカの左肩の手当てを終え、メイの腕の手当てを始める。メイは素直に右腕を差し出した。


「そんな私達の故郷を砲弾やキャタピラで蹂躙してメチャメチャにした、連合国陸軍への仕返し。奴らが殺したがってたあなた達を『かっさらってやった』ってこと。だから、助けてもらったなんて思わないでちょうだい」

「……分かった。それで、ジャオはこれからどうするつもりだ」

「ジャオ様は、街の住人を全力で守りながら、見つからないよう息をひそめてもう一度力を蓄えるおつもり。それ以上は言えない」


 シンシアとヤーニンは、滝の近くで布に水を含ませ、ジョイスに飲ませようとしていた。

「お姉ちゃん、これなら飲める?」

 ヤーニンがジョイスの口元で軽く布を絞り、水を滴らせた。だがジョイスは飲めずに、弱々しく咳き込むばかりだ。


「随分衰弱してるな」

 メイの手当てを終えたカンザがやってきた。ジョイスの隣にしゃがみこみ、指で口を開かせて覗き込む。

「んー、取りあえず綿棒をやるから、それに水を多めにつけて口の中を拭ってやれ」

 そう言ってシンシアに綿棒の箱を渡し、ヒビカ達の方へ戻っていった。


「街での戦闘のさなか、お前はどうしていたんだ」

 ヒビカの質問は次にタブカに向けられていた。


「指揮官を探して走り回っていたのですが、カルラ大将閣下にお会いして、事情をお聞きしました。しかし、閣下はただ『お前がこの作戦を知る必要はない』と。僕はその場で、元帥閣下の元に向かうよう命令されたのですが……聞こえなかったふりをして、ここに来てしまいました。みなさんのことが心配でしたし、もし元帥閣下に何か命令されたら、僕は逆らう事ができませんから」

「陸軍大尉のお前から見て、今回の作戦はどうだ?」


 タブカはためらいながらも答えた。

「まともな調査もなしに突然攻撃を仕掛ける時点で、裏に何かあると考えざるを得ません。人間の指揮官が元帥閣下と、直属の四将閣下だけという編成も、不自然極まりません」

「何が裏にあると思う?」

「そこまでは……ヒビカ大将には、お心当たりは?」

 ヒビカは首を横に振った。

「全くない。さっぱりだ」


 ヒビカがそう答えたあたりで、上空からプロペラの音が聴こえてきた。




               *




「この大馬鹿者が!」


 バンクを怒鳴りつけるジェミル。その周りを四人の将校が取り囲んでいた。

「気がついたらマナもランプも消えていただと?! しかも裏切り者も始末し損ねるとは! 今回の作戦が失敗したことによって、私の首も危なくなるのだぞ!」

「もっ、申し訳ありません……」

 バンクは震えながら首を垂れ続けていた。声も震えている。


「陸軍本部で軍法会議だ。貴様、ただで済むと思うなよ」

 顔を真っ赤にして激怒しているジェミルを、丸い仮面を付けて大鎌を背負った大将がなだめた。


「閣下ぁ、この少尉のみの責任じゃぁありませんよ。我々四将の動きが悪かったのも、原因の一つですからねぇ。軍法会議にかけちゃうくらいなら、この子、ワイに下さいませんか?」


「おい」と言ったのはギル=メハード大将。

「『かけるくらいなら』とはどういう意味だ。軍法会議はフェアな司法の場だぞ」

 仮面の大将は不気味な声を裏返して「アヒヒ」と笑った。

「でもさぁ、この少尉は別に軍法に触れたわけじゃないじゃない? それを軍法会議にかけるってのはどういうことか、ギルちゃんだって本当は分かってるでしょ?」

「建前もへったくれも無いやつだな」

「建前なんてどうだっていいじゃん。素直に話せばいいんだよ」

 そう言って仮面の大将はまたしても不気味に笑う。


「閣下、お願いしますよぉ。ワイちょうど弟子死んじゃって、困ってたんです。愛弟子が一人欲しいんですよ」


「またかよ」と言ったのはカルラ。

「何人いびり殺しゃあ気が済むんだ」

「殺してないよ。正式には事故死だもん」

 ギル=メハードが「フン」と鼻を鳴らした。

「素直に話せばいいと今さっき言ったのは、どこのどいつだ」

「アヒヒヒ、その辺にしといてよ。この子が怖がっちゃうじゃん」

 そう言って仮面の大将がバンクの肩を抱いた。

「ねぇ、ワイのとこに来るよね?」

 選択肢は一つしかない。ぎこちなさを指摘されることを恐れながら、バンクはうなずいた。


「閣下、いいんすか?」

 カルラがそう言うとジェミルは「まあ、よかろう」と一言残し、エラスモに乗り込んだ。

「私は陸軍本部に戻る。お前たちも自身の赴任地へ戻れ。マイ・ザ=バイに続いて今回の作戦もが失敗したとなると、あのいまいましい副総理のリオラと政治的にやり合わなければならん。私の命令があるまでは、変な騒ぎを起こすなよ」


 エラスモが走り出すと、仮面の大将はバンクの背中をポンと叩いた。

「じゃぁ、今日からワイの弟子ってことで、よろしく。あ、少尉ならワイが誰か分かるよね?」


「はい。ガム・ファントム大将閣下、本日より、よろしくお願いします」



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