第54話 滝にて
「カンザ、大活躍だったじゃないか」
ザハは地面に寝転がっているカンザの隣に座った。
「医療より看護といった雰囲気ではあるが、ヒビカ君とジョイス君の手当て。それに、レポガニスで使ったあの煙弾は何だい? 医者の仕事とは思えないが」
「なに、持ってる知識のちょっとした応用だ。たまたま手持ちの草や根に、煙弾に都合がいい物があったからな」
「なるほど。それだけであのレベルの煙弾をその場で作れるとは、興味深い。君の医者としての専門は何だい?」
「俺は内科医だよ。改めて言っておくが、医療用具は持ってないから、たいしたことはできねえぞ」
カンザは体を起こしてタバコを取り出し、火をつけた。その煙にザハが顔をしかめる。
「随分キツイ臭いのタバコだな。医者の不養生とはこのことだ。仕方ないやつめ」
カンザは楽しそうに「ハハハ」と笑った。
「もう知ってるだろ? 俺は不真面目なんだよ」
パンサーの操縦席に座っているリズ。膝の上にはコッパが乗っていた。助手席にはジョウもいる。
「コッパ、もうどこも痛くないか?」
リズが優しくコッパの身体をなでた。
「ああ。痛みはすっかり引いたよ。オイラはもう大丈夫。心配かけたな」
コッパがそう言うと、リズは安心したような笑顔を見せた。そのリズの頭をジョウが人差し指でクイッと押した。
「こいつ、ファルココで俺がパンサー直してる間、いつもコッパのこと心配してたんだよ。マナにコート作ってもらえたかなとか、ミュノシャのリンゴは酸っぱいから、あいつの口に合わないかもとか」
恥ずかしそうに笑うリズ。ジョウはまだ話を続ける。
「俺とリズは、お前達に会うためにまずミュノシャに行って探したんだ。いなそうだったから、レポガニスへ行こうって俺が言ったら、こいつ『あそこはリンゴがないかもしれないからここで買っていく』とか言い出して。そこからリンゴ選び。ミュノシャ特産の酸っぱいのがいいか、八百屋で売ってる甘いのがいいか。赤か青か、箱か小分けか。結局一つに絞り切れなくて、色々買う事になっちまってさ」
ジョウの話を聞いて鼻をヒクつかせるコッパに、リズがにっこり笑ってうなずいた。
「あんたの鼻なら分かるよね。後ろの麻袋にたくさん入ってるから、好きなだけ食べな」
コッパは「うほっ!」と嬉しそうに笑うと、両手を合わせてさすった。
「愛してるぞリズ~」
「あたしも愛してるよ」と言いながらリズはコッパの頭にキスをした。
「ジョウ、お前にも、感謝してもしきれないよ。ちょっとでもお前が来てくれるのが遅かったら、マナのやつ、どうなってたか分からないもんな」
コッパがそう言うと、ジョウは助手席の脇から新聞を取り出して見せた。少し前の日付で、一面は『マイ・ザ=バイ遊園地 陸軍作戦展開 戦果無し』
「これを読んでから、俺達ずっと心配してたんだ。マイ・ザ=バイでのこの陸軍の変な攻撃。一体何を攻撃したのか、目的は何なのか、全く公表されてない。ただ作戦は失敗したとしか。でも、これはマナさん達がからんでるんだろうってリズが」
「あたしも元軍人だからね。聞いてたマナの行先がつながって。……レポガニスでも、相当大変だったんだろ?」
ジョウとリズがそう言うと、コッパは「うん……」と少し控えめに言った。
「そのことなんだけどな……」
タブカがパンサーのドアのふちに腰かけているマナに頭を下げた。
「マナさん、ご無事でよかったです。力不足、その他もろもろ、本当に申し訳ありません」
首を横に振ってマナは言った。
「タブカ、あなたは陸軍に戻って。護衛の任務はもう終わったはずだから」
タブカは素直に「はい」とうなずいた。それに付け足して話す。
「僕はまず、今回の作戦は一体何だったのか、真実を突き止めてきます。正直、陸軍の上層部は最近どうも様子がおかしいので……僕もパンクと同じで身軽な独身ですから、いざとなったら軍隊を辞めて、またマナさんのところに来ますよ」
マナはタブカにまた首を横に振って見せた。
「私の事は大丈夫だから、お仕事を大事にして」
パンサーの中から、シンシアがマナの背中をトントンと指で叩いた。
「ねえ……どうしたの? 彼」
シンシアが目で示したのはパンク。まだあざだらけで気絶したまま、パンサーの中で横になっている。
「バンクにやられたの」
「バンク……?」
シンシアがパンサーの中を見渡した。
「バンクはいないよ。彼は、元帥についていくみたい」
「そう……」
シンシアはそのままマナの後ろに座った。タブカがマナの手を取ったのでマナはまた前を向く。
「マナさん、僕は汽車に乗って陸軍支部に行きます。しばしの別れですが、たとえ陸軍の作戦がどうあれ、僕はマナさんの味方ですからね。それでは」
タブカはそう言い残して、一人街へ向けて歩いて行った。
組織の一員として上官を絶対視するバンク、自身の価値観で行動するパンク、上官の命令に従いながらも、冷静に距離を調節するタブカ。三人とも、シチュエーションによって信用できる時とできない時があるだろう。今一番信用できるのは誰だろうか……。
「マナ……これを」
そう言ってシンシアがマナの手に握らせたのは、赤い宝石がついたピアスだった。
「あれ? これ、いつもあなたが付けてる」
「ええ。ついてる赤い宝石は、世界に一握りしかない希少な物。お金になるはず」
マナは「いらない」と手をシンシアに押し付けた。シンシアはそれをまた押し返そうとする。
「もちろん、これで終わりにするつもりはない。でも今できる罪滅ぼしはこれくらいしかない」
「罪滅ぼしなんかいらないってば」
「受け取って。他には何も……」
マナは無理やりシンシアの手を開かせ、ピアスを返した。
「そんなに罪滅ぼしがしたいなら、何をするかは私が決めるから待ってて」
ヒビカが足を引きずりながらやってきて「マナのいう通りにしろ」と言ったため、シンシアはやっと引き下がった。
ヒビカはそのままマナの隣に座った。
「マナ、これからどうするつもりだ?」
「どうするって……?」
「見ての通り、私はこのザマだ。右足を折り、左腕も動きが悪い。バンクもタブカもいなくなり、パンクはもう軍人ではない。そして、陸軍はあからさまにお前を狙い始めた。旅を続けるのか?」
- - - つまり、マナさんは、自分の仲間の危険を省みず犯罪者を助けに行くのが正しいことだと?
バンクの言葉が思い起こされた。この旅自体も、ランプを手放せないのも、全てマナの都合なのだ。しかも、旅の目的もランプの力も、誰にも話していない。なんて無責任なんだ。
ジョウとリズとは一緒にいたい。だが、こうやって遠くから駆けつけてくれる友人を、命の危険がある身勝手な旅に巻き込むことは、許されないだろう。
「……みんなに一度に話します」
「そうか。呼ぶぞ」
ヒビカが声をかけ、全員がマナのそばに集まった。
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