第55話 確認の儀式
ヒビカの声かけで、全員がパンサーの扉の前に集まった。マナは一人でその前に立ち、コッパを肩に乗せて言った。
「みなさん、ここまでありがとうございました」
すぐにリズの表情がピクッと動いた。マナは気付かないふりをして話を続ける。
「私が無茶をしたために、みなさんの命まで危険にさらしてしまって、本当にすいませんでした。旅はここで終わりにします。私は自分の故郷に帰って、みなさんとの旅を思い出しながら暮らそうと思います。みなさんも、それぞれ自分の好きな場所に向かってください。今までありがとうございました」
考えていたことをサッと喋って、パッと頭を下げる。下げた頭をマナが持ち上げると、ジョウが待ち構えていたように言った。
「うそつけ」
リズに言われるだろうと思っていたこの言葉。予想に反してジョウに言われたため、マナは一瞬固まった。だが、すぐに反論する。
「うそじゃないよ。だって、みんな本当に殺されそうになったんだから、このまま旅を続けるなんて、できるわけないもん」
「うそつけよ」
普通に目を開け、普通に口を閉じているだけのジョウの顔。マナには、それが自分を睨んでいるように見えた。
「おい、マナさん嘘ついてるよな」
「ああ。あたしもそう思うよ」
ジョウに言われてリズも、マナを真っすぐ見ながらうなずいた。
「マナさん、みんなを追い払って、一人で旅を続けるつもりだろ」
「違うよ。故郷に帰る」
間髪入れずにジョウに返した。声は攻撃的になっており、正直に話していないことが向こうにもばれてしまうことが、マナ自身にも分かった。
「マナ、さてはあんた誰かに『仲間の命を危険にさらすな』とか、それらしいこと言われたんだろ」
「言われてない。言われてても言われてなくても関係ないし、言われてても教えない」
リズにも間髪入れずに返した。やはり声は攻撃的で、しかも何を言っているのか自分でもよく分からない。
「俺もリズも、危険だってことはとっくに分かってるんだよ。それでも一緒に旅したいって思って、ここに来たんだぞ」
「そうだ。他の奴らは知らないけど、あたしとジョウはついて行くよ」
「もうやめるって言ってるじゃん!」
そう怒鳴ると、マナは自分でも想像だにしなかったタイミングで泣き出した。そして、パンサーの入り口に座って顔を伏せる。
ジョウとリズにこんな嘘が通じないのは、初めから薄々分かっていた。ただ、いつか離れていってしまうのが怖くて、図らずも彼らを試してしまった。二人とも、これから先も一緒にいてくれる。これではっきりした。
マナの前に誰か歩いてきた。
「マナ君。私はこの星の命の輝きで感動し続ける人生を求めているんだ。まだ霊獣と直接触れ合っていないのに、こんなところで帰るのは嫌だよ。もし死んでも構わない。私も一緒に行かせてくれ」
顔を伏せたままマナがうなずくと、ザハはギシッと足音を立ててパンサーに乗り込んだ。次の一人がマナの前に来る。
「マナ、私の護衛任務は終わっていない。当然ついていく」
マナはまたうなずく。ヒビカもパンサーに乗り込んだ。
「私はヒビカさんについて行くことが決まってる」
「もちろん私もね」
シンシアとヤーニン。
「俺は、本当に危なくなったら消えさせてもらうぜ。だが、そのタイミングは自分で決める。ミュノシャへはどの道、俺は行かにゃならねえしな」
カンザ。
「みんな自分で決めたぞ。マナさんに憐れみかけたり、強制されてる奴は一人もいない。一緒に行こうよ」
ジョウも乗り込んだ。続いてリズはマナの隣に座る。
「ミュノシャには、雨を降らせるマンモスがいるんだろ? 楽しみじゃないか。あそこは海軍支部と大きな演習場がある海軍の縄張りだから、陸軍もおいそれと手は出せない。楽しい旅になるよ」
マナがうなずくと、リズはマナを抱き起すように立ち上がった。
「そろそろ出発しよう。陸軍に嗅ぎつかれると面倒だからね」
*
連合国首都ジャンガイ。国防大臣ガラは総理官邸に呼び出され、車で向かっていた。手には電話を持っている。
「あれだけ失敗するなと言ったじゃないか。これはまずいよ。君を守り切るのは無理だろうな」
電話の相手はジェミル陸軍元帥だ。
「元帥の座からは降りてもらうしかない。次期元帥は、何とかして君の推薦通りにしよう。適当な人材をみつくろってくれ。分かっているとは思うが、これから暫くの間は大人しくしていてくれよ。万が一、次何かあったら、君は軍隊にいられなくなってしまう。世論次第では、私の首も流石にあぶない」
官邸にはこの前と同じように、アードボルト総理とリオラ副総理が待ち構えていた。
「ガラ国防相。今回のレポガニスでの陸軍の作戦について、説明願います」
リオラの質問に、ガラは顔色一つ変えずに答える。
「S級テロリスト、ジャオの組織の本拠地があるとタレこみがあったのです。実際、それと思しき建物が見つかりました」
「『思しき』でしょう? ジャオは見つからず証拠も無し。犯罪者かどうかも分からない一般人の犠牲者を出し、隣国アストロラから抗議を受け、総理の支持率も大きく下がりました。責任はどう取るおつもりですか?」
「ジェミル陸軍元帥は当然、更迭します。まあ、辞任するだろうと思いますが」
「それだけですか? あなたご自身は?」
「ええ、ええ。もちろん考えております。むこう三年間、給与及びボーナスを半分カット、過去二年間の給与とボーナスの半額を国庫に返納、という形で責任と取らせて頂きたいです」
「国にお金を払っても、あなたが有能になれるわけではないでしょう?」
「……副総理は私が国防大臣にふさわしくないと?」
「そうです」
「総理はどうお考えですかな?」
話を振られてアードボルトは「う、うん」と咳き込んだ。
「ま、まあ、これは大きな失敗と言わざるを得ないからね。その、君にも、辞めて頂くことが、一番丸く収まると思うんだよ」
「ええ、ええ。ですが、うちの幹部との話はついているのですか?」
「いや、まあ、もちろん連立与党の意見は重要だけどね……」
「ついていないのならまずはそちらから願います。太平党はお二人が思っておられるより私の職を重要視しています。もし私が更迭されるなら、連立から離れることになるでしょう。もし太平党幹部と話がついているのでしたら、私は更迭でも何でも受け入れますので」
もし『太平党』が連立から離脱すれば、単独与党となるアードボルトの『三ゆう党』。議会では政権与党が過半数割れとなり、審議中の予算は今年中には通らなくなる。ますます国会は荒れ、アードボルトの支持率も下落していくだろう。
「う、うん……そうか。分かった。」
ガラ国防相はアードボルトの返事を聞いてにっこり笑うと、「それでは」と一言挨拶し、部屋を出た。太平党はガラの手腕で国民から支持を集めてきた政党だ。更迭を認めるはずはない。
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